日経サイエンス  2007年6月号

いよいよ始動 がんゲノムアトラス計画

F. S. コリンズ(米国立ヒトゲノム研究所) A. D. バーカー(米国立がん研究所)

 「がんをもっと理解したいなら,細胞のゲノムに研究の焦点をあてるべきだ」──20年以上前,ノーベル賞受賞者のダルベッコ(Renato Dulbecco)は,後にヒトゲノム計画と呼ばれた研究プロジェクトをいち早く呼びかけた。がんを遺伝子から探る研究の先駆者だったダルベッコは1986年に,Science誌に「我々はいま分岐点にいる」と書いた。それに先立つ数年間の発見で,がん細胞のふるまいが異常になる原因は主として遺伝子の損傷と機能の変化によることが明らかにされていた。「選択肢は2つある。がん化に関係する重要な遺伝子を1つずつ突き止めていくか,あるいは……全ゲノムの塩基配列を解読するかのどちらかだ」。

 

 ダルベッコのような科学者は,ヒトゲノムの解読はそれ自体がとてつもない偉業ではあるものの,それはがんを十分に理解するための第一歩にすぎないと考えていた。正常なヒトゲノムの塩基配列を完全に読み取ったあと,今度は,おびただしい数の遺伝子を機能ごとに分類する必要がでてくるだろう。そうすることで,遺伝子が発がんにどのような役割を持つかが明らかになる。

 

 20年後の今日,ダルベッコの構想は,壮大な夢から現実に変わった。ヒトゲノム計画終了から3年経たないうちに,米国立衛生研究所(NIH)は,大規模プロジェクトに先立って進める予備調査を公式にスタートした。この大規模プロジェクトは,がんに関係してゲノムのどこがどう変わるのか,その包括的な目録づくりを目指しており,「がんゲノムアトラス(The Cancer Genome Atlas)」という。略称のTCGAは4種類の塩基にちなむ。

著者

Francis S. Collins / Anna D. Barker

2人はがんゲノムアトラスを進めるリーダーで,コリンズは米国立ヒトゲノム研究所の所長を,バーカーは米国立がん研究所の先端技術・戦略的パートナーシップ担当の副所長を務めている。コリンズはヒトゲノム計画のリーダーとしても知られる。バーカーは研究の焦点をがん治療にあてており,公的機関や民間企業で薬の開発やバイオ技術の研究を率いてきた。

原題名

Mapping the Cancer Genome(SCIENTIFIC AMERICAN March 2007)

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