日経サイエンス  2007年6月号

ブラックホールからの大逆流

W. タッカー H. タナンバウム(ともにチャンドラX線センター) A. ファビアン(ケンブリッジ大学)

 宇宙最大の構造「銀河団」。1000個の銀河が重力を介して群れ集まり,その規模は差し渡し1000万光年に及ぶ。銀河団には大きな謎があった。銀河団内部には,銀河どうしの間を埋めるように高温ガスが満ち,X線を放っている。だが,X線を放射し続ければガスは冷え,重力に引かれて銀河団中心に集まるはず。そして高密度のガスの中から多数の星が生まれるはずだ。その星の数は1兆個と推定されている。

 

 ところが銀河団の中心を観測しても,そんな星の集中は見られない。「ならば,ガスが冷えて銀河団中心に集まらないように,ガスを加熱するメカニズムがあるはずだ」と天文学者は考えた。ただ,加熱するといっても,相手は宇宙最大の構造である銀河団。その全体を温めるようなことなどできるのだろうか?

 

 それが近年,高性能のX線観測衛星「チャンドラ」などが有力な手がかりをつかんだ。銀河団の中に存在するペアになった巨大空洞だ。空洞とはX線を放つガスがあまり存在しない領域で,最大級のものは直径60万光年,私たちの天の川銀河を6個並べたほどの大きさがある。この空洞は,かつて高温ガスの強力ジェットが存在し,そのジェットが周囲のガスを吹き飛ばしたことを意味する。

 

 ではそんなジェットを噴出するものは何なのか。観測を進めるうちに,ペアとなった巨大空洞の中間には銀河が存在し,その銀河の中心にある巨大ブラックホール周辺から定期的に正反対の2方向に強力ジェットが噴出されることがわかってきた。

 

 ブラックホールというと,物質を呑み込むばかりのように思われがちだ。しかし,光速近くの猛スピードで回転する巨大ブラックホールは,引き寄せたガスを外に向かって噴出させる“宇宙の巨大エンジン”のような働きをするのだ。このエンジンが何度も動いて,銀河団の構造が維持されているらしい。

 

 

再録:別冊日経サイエンス196「宇宙の誕生と終焉 最新理論でたどる宇宙の一生」

著者

Wallace Tucker / Harvey Tananbaum / Andrew Fabian

3人はつねにX線天文学をリードしてきた。タッカーはチャンドラX線センターの科学部門の代表者で,暗黒物質,銀河団,超新星爆発を研究している。研究論文,SCIENTIFIC AMERICANに掲載された3編の記事を含む雑誌記事,数冊の本の執筆に加え,アメリカ先住民に関する3編の演劇を執筆,賞を受けた。タナンバウムはチャンドラX線センターのセンター長で,米国科学アカデミーの会員。2004年に天文学研究に与えられるロッシ賞を授与された。X線連星,クェーサー,活動銀河,可視光で見ると穏やかだがX線で見ると明るく輝く銀河などを研究。ファビアンはケンブリッジ大学の教授で英王立アカデミーの会員,2001年にロッシ賞を授与された。銀河団やさまざまな大きさのブラックホールに関して共著を含めこれまでに500編を超える研究論文を発表。

原題名

Black Hole Blowback(SCIENTIFIC AMERICAN March 2007)

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