日経サイエンス  2007年5月号

アミノ酸ブロックでナノマシン

C. E. シャフマイスター(ピッツバーグ大学)

 タンパク質は生命体にとって必須の“ナノマシン”であり,そうしたナノデバイスを作ろうとしている私たち研究者は,タンパク質から実に多くのことを学んでいる。数百から数千個の原子を含む大きな分子で,通常,そのサイズは差し渡し数nmから数十nmだ。ヒトの体には2万種類以上のタンパク質が存在し,筋肉の収縮や食物の消化,骨の形成,環境からの刺激の感知,細胞内で絶え間なく行われる小分子のリサイクルなど,さまざまな役割を果たしている。

 

 1986年,私は化学を専攻する大学生だった。そのころ,タンパク質に匹敵するような,あるいはそれを超える作用を持つ巨大分子(100個以上の原子を含む分子)を設計・合成できないかと思いを巡らせていた。

 

 1970年代後半に最初のTRS-80(タンディ社のマイクロコンピューターの商品名)が登場して以来,コンピュータープログラムを自ら作っていた私は,複雑な構造をした分子マシンを,こうしたソフトウエアを作るのと同じくらい簡単に組み立てられたらどんなに素晴らしいだろうと思うようになっていた。私は,“物質作りのプログラム言語”,つまり化学とソフトウエアを組み合わせたようなものを作りたいと考えた。たとえば,作りたいナノマシンの形を表現し,その構造を作るための化学処理の手順を示してくれる。その決められた手順にしたがって,科学者もしくは自動装置によってナノデバイスが作られるといった具合だ。

 

 残念ながら,新しいタンパク質を設計してナノマシンを作るアイデアは大きな壁に阻まれた。

 

 どのタンパク質も最初はアミノ酸がまっすぐにつながっただけの1本の鎖から始まる。このアミノ酸はたった20種類しかなく,それぞれのタンパク質ごとにアミノ酸の配列は決まっている。と,ここまでは簡単だ。しかし,タンパク質の性質や機能は,その形によって決まるのだ。細胞内でアミノ酸の鎖ができあがるとすぐに,「タンパク質の折りたたみ」と呼ばれる複雑なプロセスを経て,らせん状にからみ合って入り組んだ構造になる。タンパク質の形はアミノ酸の配列によって決まるが,逆に,配列から形を予測するのは難しい。この問題は「タンパク質の折りたたみ問題」と呼ばれ,科学と工学の世界で取り組まれている未解決の難題である。

著者

Christian E. Schafmeister

ピッツバーグ大学の化学科助教授で,形態をプログラムできる分子を開発している。1997年にカリフォルニア大学サンフランシスコ校で生物物理学のPh. D.を取得した。その後ハーバード大学のポスドク研究員となり,タンパク質分解酵素に強いペプチドを合成する新しい方法を開発した。このペプチドは薬剤として有望視されている。また,カリフォルニア州パロアルトにあるフォーサイト・ナノテク研究所の「生産的ナノシステムのための技術ロードマップ」作成委員会のメンバーでもある。

原題名

Molecular Lego(SCIENTIFIC AMERICAN February 2007)

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

分子アクチュエーターナノバルブジケトピペラジンビスアミノ酸ビスペプチドCANDO共有結合水素結合