日経サイエンス  2007年5月号

宇宙を造った見えざる手 暗黒エネルギー

C. J. コンセリス(英ノッティンガム大学)

 暗黒エネルギー(ダークエネルギー)は宇宙膨張を加速しているだけではない。銀河の形や分布に影響を与え,私たち生命を含む宇宙を形作ってきた。何者もこの「見えざる手」から逃れることはできない。

 

 暗黒エネルギーは私たちの周囲を取り巻いている未知の形態のエネルギーだ。常に私たちをわずかに引っ張っており,宇宙膨張を加速しているのだが,その正体はほとんど不明だ。しかし,徐々にわかってきたことはある。恒星や銀河,銀河団など宇宙の住人たちの進化を形作ってきた面もあるようだ。天文学者たちは暗黒エネルギーがつくり上げた宇宙という“作品”を,それと知らずに何十年も見つめ続けてきたのかもしれない。

 

 宇宙を大スケールで見たときに物質が特徴的パターンをなして分布しているのは,暗黒エネルギーが一役買ったためだ。より小さなスケールでは,いまから約60億年前に銀河の成長を止めたと考えられる。

 

 宇宙史の前半は物質の密度が高く,銀河どうしが及ぼし合う重力が暗黒エネルギーの効果をはるかに上回っていた。銀河は肩と肩をすり合わせるほど近くにあり,互いに影響し合い,合体が頻繁に起こった。銀河内のガス雲の衝突に伴って新たな星が生まれ,ガスが銀河の中心部へと供給されてブラックホールが成長した。

 

 時がたって宇宙が膨張するにつれ,物質の密度が下がって重力は弱まったが,暗黒エネルギーの強さは一定値を保った(あるいは,ほぼ一定だった)。こうして両者のバランスが必然的に変化し,ついには宇宙膨張の速度が減速から加速に転じた。すると,銀河は互いに引き離され,衝突・合体はしだいにまれになった。同様に,銀河間ガスは銀河に落ち込みにくくなった。ブラックホールは“燃料供給”を断たれ,活動が沈静化した。

 

 こうした作用の結果,現在の銀河が形作られた。もし暗黒エネルギーが実際よりも弱かったり強かったら,天の川銀河では星の形成が進みにくく,地球を構成している重元素が合成されることもなかっただろう。

 

 暗黒エネルギーの密度は時間的に変化している可能性がある。いくつかの理論モデルによると,もし暗黒エネルギーが時とともにより支配的になると,銀河団や銀河など重力によって凝集した天体はバラバラに引き裂かれてしまう。ついには地球も太陽から引き離され,地球上の物体ともども粉々になるだろう。原子さえも破壊される。こうして,かつて物質に押されて脇役に甘んじていた暗黒エネルギーがついに復讐を果たすことになるのだろう。

著者

Christopher J. Conselice

天文学者。最近,カリフォルニア工科大学から英ノッティンガム大学に移り,講師を務めている。専門は銀河形成。地上観測と宇宙望遠鏡による赤外および可視光での観測プログラムをいくつか率いている。ペンシルベニア州の農家の出身で,天空だけでなく地球も愛し,余暇にはボートや釣り,サイクリング,洞窟探検を楽しむ。

原題名

The Universe's Invisible Hand(SCIENTIFIC AMERICAN February 2007)

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