日経サイエンス  2007年4月号

特集:不確定性原理の今

人の心の不確定性

鵜山仁(演出家・新国立劇場芸術参与)

 第二次世界大戦中の1941年,ナチスの原爆開発の責任者となったハイゼンベルクはドイツ占領下のコペンハーゲンを訪れ,恩師ボーアと会談した。そして,散歩先の10分かそこらの会話で,強い師弟関係で結ばれていた2人の絆は断ち切られた。何が話し合われたのか。2人は沈黙を守ったため真相はわからない。

 

 原子の中の電子は観測できないが,ハイゼンベルクは自らの量子力学をもって,電子の振る舞いを表現するのに成功した。原子と同様,人の内面も見ることはできないが,英国の劇作家フレインは洞察力をもって,書物や残された資料から,そのときのハイゼンベルクとボーアの心の動きに迫り,対話劇『コペンハーゲン』を生み出した。

 

 フレインは真相を描き出そうとするが,不確定性原理に従う電子と同様,鮮明な像を結ぶことはできない。『コペンハーゲン』に登場するハイゼンベルクとボーアは当時の模様を再現しようと試みるが,かみ合わない。しかし,その対話の中から2人の心の中の葛藤が浮かび上がる。

 

 新国立劇場(東京・初台)で『コペンハーゲン』再演に挑む演出家の鵜山仁氏は「この作品は原爆開発に絡む秘話,サスペンスドラマとして楽しめる。だが,それ以上に,人間存在の不思議さにかかわるさまざまな視点が量子力学を隠喩に見事に語られている」と話す。

著者

鵜山仁(うやま・ひとし)

慶応義塾大学フランス文学科を卒業後,舞台芸術学院を経て,文学座付属研究所に入り,演劇の道に。紀伊國屋演劇賞個人賞,読売演劇大賞最優秀演出家賞などを受賞。現在,新国立劇場の演劇芸術参与。今年9月より同劇場芸術監督(演劇)に就任予定。

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