日経サイエンス  2007年3月号

脈動する磁性流体アート

児玉幸子(電気通信大学)

 黒い液体をたたえた黒い器の真ん中に,金色に輝く円錐形の金属の塔が立っている。じっと見ていると,あら不思議,黒い液面がゆったりと波立ったかと思うと,液面のふくらみが塔の方に向かって動き始め,黒い液体が塔に刻まれた螺旋(らせん)の溝をスルスルと登り始めた。

 

 重力に逆らって液体が上昇すること自体が驚きだが,螺旋を登る液体は意志を持っているかのように,その液面がぐっと持ち上がり,シャープに尖ったトゲが生まれる。黒い光沢を帯びた膨大な数のトゲが,塔の螺旋を登っていくのだ。液体が塔の頂上まで達すると,ピタっと動きを止める。金色に輝いていた塔はそのとき,無数のトゲが突き出た漆黒の塔に姿を変える。

 

 一連の動きを眺めていた人々の間からは驚きの声が上がる。これが私の最新作『モルフォタワー/螺旋の渦』だ。塔表面の質感がダイナミックに変化すること,トゲトゲの液体が螺旋を描きながら塔を登る様子から,この名前を付けた。ある文化ジャーナリストは「液体彫刻」と評した。

 

 黒い液体の正体は磁性流体という先端材料だ。磁力を感じて流動する。米航空宇宙局(NASA)のアポロ計画で生み出され,コンピューター関連機器やAV(音響・映像)機器,医療などに利用されている。私は磁場によって磁性流体を操り,それを作品として提示する活動を2000年から続けている。

 

 私の作品については「従来のアートの概念とは大きくかけ離れた存在だ。アートと言えるのだろうか」との声がある。一方,「今までのアートの常識を超える作品だが,科学の力で自然界に潜む原理を巧みに引き出し,観客との対話まで誘う新しいアートだ」との評価もある。確かなのは作品が人々の心をとらえたことだ。ある美術館での展示がきっかけになって別の展覧会に招かれ,それが話題となってまた別の会場でという具合に,米国や欧州,東アジアなども含め,内外のいくつもの美術館やギャラリー,科学館で紹介されてきた。

 

 

【関連動画】

 

再録:別冊日経サイエンス210「アートする科学」

著者

児玉幸子(こだま・さちこ)

電気通信大学人間コミュニケーション学科助教授,メディアアーティスト。2000年から電気通信大学を拠点に磁性流体を応用したメディアアートを研究,展示活動を行ってきた。北海道大学理学部卒,筑波大学大学院芸術学研究科修了,博士(芸術学)取得。第5回文化庁メディア芸術祭インタラクティブ部門大賞,デジタルコンテンツグランプリアート部門最優秀賞,情報文化学会芸術賞。ACM Siggraph,Ars Electronicaなど国際コンクールにおける入選多数。本文執筆にあたって助言を得た秋田県立大学の須藤誠一(すどう・せいいち)教授に感謝している。

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