日経サイエンス  2007年2月号

特集:ミラーニューロンと自閉症 

他人を映す脳の鏡

G. リゾラッティ L. フォガッシ V. ガレーゼ(いずれもパルマ大学)

 ジョンがメアリーを見ている。彼女は花を持っている。ジョンにはメアリーが何をしているのかがわかる。花を摘んでいるのだ。また,その理由もわかっている。メアリーがジョンに向かって微笑みかけたので,自分に花をプレゼントしてくれるのだろうと彼は推測する──。ほんの数秒で終わる単純な場面だが,ジョンは何が起きているのかをほとんど瞬時に理解している。だが彼は,メアリーの行為や意図をなぜそんなに簡単に,そして正確に理解したのだろうか。
 
 1990年代にイタリアにあるパルマ大学の私たちの研究グループはちょっとした偶然から,サルの脳にある風変わりなニューロンにその答えがあることを発見した。このニューロンは果物をつかむといった単純で目標志向な行為をする時に活動するのだが,驚くべき点は,同じ行為を行なう他のサルを観察している時にもこのニューロンが活動することだ。この新発見のニューロンは他者の行為を観察者の脳内に直接映し出しているように見えることから,これを「ミラーニューロン」と名付けた。
 
 このミラーニューロンの働きによって,他者が行なっている行為をあれこれ推論しなくても理解できるのかもしれない。ジョンがメアリーの行為を理解できるのは,目の前で起きていることがジョンの脳の中でも実際に起きているからだ。
 
 興味深いことに,かつて現象論の流れを汲む哲学者たちは,何かを本当に理解するには自分の心でそれを経験しなければならないと考えていた。この概念を裏付けるミラーニューロンシステムという物理的根拠が発見されたことで,人間が物事を理解する方法に関する神経科学的な考えは大きく変化することとなった。

 

 

再録:別冊日経サイエンス193 心の成長と脳科学

著者

Giacomo Rizzolatti / Leonardo Fogassi / Vittorio Gallese

3人はともにイタリアのパルマ大学の研究者。リゾラッティは神経科学科長であり,フォガッシとガレーゼは准教授。彼らは1990年代初めにサルやヒトの脳の運動系に鏡のような性質をもつニューロンが存在することを初めて明らかにした。それ以来サルとヒトのミラーニューロンおよび,一般的な認知能力における運動系の特性や役割についての研究を続けている。欧米の他の研究グループとの共同研究も多い。現在では,ヒトやその他の動物におけるミラーニューロンシステムの範囲や機能についても研究を行っている。

原題名

Mirrors in the Mind(SCIENTIFIC AMERICAN November 2006)

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