
自閉症の少年に会っても,一見しただけでは特に変わったところがあるとは思わないだろう。しかし,話しかけてみれば,何かがおかしいことがすぐにわかる。彼とは目を合わせにくい。あなたの視線を避け,そわそわしたり,体を揺らしたり,頭を壁に打ちつけたりすることもある。さらに困惑させられることに,彼とは普通の会話ができにくい。自閉症の子どもは恐怖や激怒,喜びといった感情は経験できるが,他人に心から共感することは難しい。人とのかかわりの中で,たいていの子どもが簡単に感じ取れる微妙な手がかりにまったく気がつかないこともある。
診断基準にもよるが1000人中の子どもの約5人に見られるとされるこの発達障害は,1940年代に米国の精神科医カナー(Leo Kanner)とオーストリアの小児科医アスペルガー(Hans Asperger)がそれぞれ独立に発見した。互いに相手の研究内容をまったく知らなかったのだが,不思議な偶然から,2人ともこの症候群に「自閉症(autism)」という同じ名前をつけた。ギリシャ語で「自己」を意味するautosに由来する。この疾患の最も顕著な特徴が対人的相互作用の回避であることを考えれば,この名前はまさに適切だ。最近では「自閉症スペクトラム障害」という言い方もされるようになってきた。自閉症にはたくさんのタイプがあり,症状も軽度から重度とさまざまだからだ。あまりに多様で,それがまた自閉症をわかりにくくしているが,それでも共通するいくつかの特徴的な症状がある。
自閉症が認識されるようになって以来,その原因の究明に多大な努力が払われてきた。親の育て方に原因があるなどと誤解された時期もある。自閉症にはある程度の遺伝傾向が知られているが,胎児期の母胎環境も原因になりうると考えられている(P. M. ロディエ「妊娠初期に決まる自閉症」日経サイエンス2000年5月号参照)。
カリフォルニア大学サンディエゴ校の私たちのチームは1990年代後半から,ミラーニューロンと呼ばれる新たに発見された脳神経細胞と自閉症との関係を調べ始めた。他人に共感したり,相手の意図をくみ取るといった能力にミラーニューロンが関係しているようなのだ。だから,このミラーニューロンシステムの機能障害が自閉症のいくつかの症状の原因になっているという仮説は,論理的に妥当と思われた。過去10年間に,この説を証拠立てる研究がいくつか発表された。ミラーニューロンをさらに深く研究することで,自閉症の原因を突き止められる可能性がある。また,この疾患の診断法や,患者が周囲とよりよい関係を築くための手法の開発にその研究成果を役立てることができるだろう。
著者
Vilayanur S. Ramachandran / Lindsay M. Oberman
2人はカリフォルニア大学サンディエゴ校の脳・認知センターで自閉症とミラーニューロンシステムの関係を調べてきた。同センターの所長であるラマチャンドランは英ケンブリッジ大学で神経科学のPh. D. を取得した。脳の異常に関する専門家として著名な彼は,幻肢や共感覚の研究もしており,その業績によって2005年にヘンリー・デイル賞を授与され,英王立研究所の終身フェローとなった。オバーマンはカリフォルニア大学サンディエゴ校のラマチャンドランの研究室の大学院生で,2002年に研究チームに加わった。
原題名
Broken Mirrors: A Theory of Autism(SCIENTIFIC AMERICAN November 2006)
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