日経サイエンス  2007年2月号

死の海を生き返らせる

L. ミー(英プリマス大学)

 人間活動がもとになって栄養塩が陸から川へ流れ出して海へと運ばれ,浅瀬の生物を全滅させている。こうした「死の海域」が世界各地に出現している。海面近くの植物プランクトンが栄養塩によって過剰繁殖し,海底の植物から光を奪うほか,膨大な有機物が腐敗しながら海底に沈んでいく。これら生物の死骸を細菌が分解する際に海底の酸素が使い果たされるため,海底にいた動物のほとんどが死んでしまう。

 

 どうすれば海の生態系を元の状態に戻せるのだろうか?農業廃水と都市下水の流出を大幅に減らし,漁業による乱獲を抑えすのが条件となる。

 

 黒海で「死の海域」が最も広がったのは1990年のこと。黒海北西部,ドナウ川河口の沖合で,スイスに匹敵する面積に達した。このほかにも,地球のあちこちで沿岸や河口の生物が死にかけ,あるいは姿を消してしまったという報告が過去20年間で相次いだ

 

 黒海の事例は,富栄養化によって海の生態系がどう破壊されるかを示す劇的な実例であると同時に,どうしたら死の海域を生き返らせることができるのか,手がかりも与えてくれる。

 

 回復の兆しが見え始めたのは,1989年末に東欧の共産主義体制が崩壊して計画経済が終わりを告げてからだ。農業への資本投入が急減して農家が肥料を購入できなくなり,栄養塩の流入が大きく減って,6年のうちに死の海域が縮小した。死の海域を元に戻すには,隣接地からの栄養塩流入を減らすことが最低限必要だ。

 

 しかし,それだけでは簡単には立ち直らない可能性がある。漁業活動を抑え,捕食魚種を回復させるなど,多面的な取り組みが必要になる。

著者

Laurence Mee

英プリマス大学海洋研究所所長。同大学の学際的な研究組織である「海洋・沿岸政策研究グループ」のリーダーも務める。リバプール大学でPh. D. を取得した後,メキシコの海洋・湖沼科学研究所とモナコにあるIAEA(国際原子力機関)海洋環境研究所で研究し,国連の地球環境ファシリティー(GEF)による「黒海環境プログラム」の指揮を執った。1998年,マリン・コンサベーションのフェローに就任。海洋と関連流域,沿岸の環境を保護する方法を研究している。

原題名

Reviving Dead Zones(SCIENTIFIC AMERICAN November 2006)

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