日経サイエンス  2007年1月号

ついに見えてきた地球コア直上の世界

廣瀬敬(東京工業大学,海洋研究開発機構)

 2002年,兵庫県西播磨にある大型放射光施設SPring-8(スプリングエイト)の光が,ある鉱物の結晶構造が変化する様子をとらえた。この鉱物は主成分こそケイ素にマグネシウムと酸素というごくありふれたものだが,これまでに誰も見たことのない,存在さえ知られていなかった原子の配置が実現した。超高圧高温の状態にある地球深部の物質を人工的に実現した鉱物なのだ。私たちが合成に成功したこの鉱物は,地球に関するさまざまな謎を解く手がかりになるだけでなく,火星についても教えてくれる。

 

 地球の半径は6380km。地表から深さ2890kmまでが岩石の地殻とマントルで,その内側に金属のコア(核)がある。地震波を使った研究から,マントルも深さに応じて層をなしていることがわかっている。しかし,密度などは地震波の観測で明らかにできるが,物質の化学組成やその結晶構造を特定することは不可能だ。地球の深部がどのような岩石や金属からできているのか,実はいまだによくわかっていない。

 

 マントルを構成している物質のほとんどはケイ素とマグネシウムの酸化物だ。しかし,ダイヤモンドとグラファイト(黒鉛)が同じ炭素からなる物質でありながら,結晶構造の違いによってまるで性質が異なっているのと同じように,地表付近と地球深部(コアの直上)では,同じ組成の鉱物でも結晶構造が圧力などによって変化し,物質としての性質も大きく違っているはずだ。地球の誕生や現在に至るまでの熱的な変化の歴史(熱史),化学的進化,対流のメカニズムなどを知るためには,それを構成する物質の化学組成や物理的性質を詳しく知る必要がある。

 

 地球内部の物質を理解する最良の方法は,それらを直接手にとって調べることだ。しかし,200kmよりも深いところの岩石や鉱物(岩石は複数の鉱物の集合体)を直接観察することは,きわめて稀なケースを除いて不可能だ。かわりに,そうした地球深部の物質を実験室で人工的に作り出す研究がさかんに行われている。私たちが行っているのもそうした研究で,高圧状態の世界記録を持っている。

 

 地球の内部は深くなるにつれ圧力と温度が上がっていく高圧高温の世界だ。深さ2890kmに位置するマントルの底は135万気圧・2500~4000Kの超高圧高温状態にあるとされる(Kは絶対温度。ゼロKが-273℃)。さらに地球の中心は364万気圧・6000Kにも達していると考えられている。爆薬を使って瞬間的に強い圧力をかける衝撃圧縮法による実験を除くと,実験室で地球中心に相当する超高圧高温状態を実現することにまだ世界のどのグループも成功していない。それどころか,ごく最近まで100万気圧以上の高圧と2000Kを超える高温を同時に発生させることすら非常に難しかった。このため,マントル最下部の岩石やコアの金属について,ほとんど何もわかっていなかったといっても過言ではない。

著者

廣瀬敬(ひろせ・けい)

東京工業大学大学院理工学研究科地球惑星科学専攻教授,海洋研究開発機構地球内部変動研究センター上級研究員,博士(理学)。東京大学大学院で地質学を学び,1994年に学位を取得。おもな研究分野は高圧地球科学。地球の中が何でできているのかという,素朴な疑問から高圧実験を始めた。100万気圧以上の実験をした後,使っている宝石用ダイヤモンドが減圧中に必ず割れてしまうのが,何とも心苦しいという。研究のモットーは「やるなら目指そう世界一」。

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