日経サイエンス  2007年1月号

分子インプリンティングで新薬をつくる

K. モスバッハ(スウェーデン・ルンド大学)

 分子インプリントポリマー(MIP)と呼ばれるプラスチックの分子鋳型を使った技術が注目されている。費用がかからないうえ,短時間で生産でき,どんな条件下でも長時間安定しているなどさまざまな利点があるうえ,利用方法もアイデア次第で多彩だ。

 

 血液中から不要な物質を除去するという用途もその1つ。例えば,ターゲットの物質の結合部位を持つプラスチックビーズをチューブに詰めて,腎疾患の患者の血液をそこに流すことで,血液中から有害な物質を取り除くシステムが考案されている。血液がMIPを詰めたチューブ中を流れている間に,インプリントされたビーズが不必要な物質を選択的に回収し,血液を清浄化して再び体内に戻す。

 

 また,テロ対策や新たな感染症に関心を持つ企業や政府機関は,毒素や病原体を見つけ出すセンサーとしてMIPの検出能力に注目している。毒素や病原体をかぎ分ける能力を持つバイオセンサーはすでにあるが,研究所の外の環境で長期間安定して機能を発揮できるようなものは開発されていない。

 

 最近は,生体分子の機能をまねた人工抗体や人工酵素の研究も進んでおり,これらの生体分子の模倣物を大量に得る手法として期待されている。

 

 さらに次世代の分子インプリンティングとして2つの手法が検討されている。その1つはダブルインプリンティングと呼ばれるもので,目的の分子の鋳型を取ったあと,その鋳型の穴に合わせて複数の分子を組み合わせ,新しい分子を生み出す方法だ。既存の薬と同じ構造を持ち,より機能の優れた新薬を合成したいという場合などに活用することができる。

 

 もう1つはダイレクトモールディングという技術で,酵素などの生体分子そのものを鋳型として利用する。この方法を使えば,酵素の阻害剤の発見をスピードアップさせることが可能だ。

 

再録:別冊日経サイエンス177「先端医療をひらく」

著者

Klaus Mosbach

スウェーデン・ルンド大学生化学部門の教授で,同大学分子インプリンティングセンターの創設者。またチューリヒにあるスイス連邦工科大学バイオテクノロジー部門の共同創設者であり,分子インプリンティングの研究開発を行うMIPグローブ社の設立にも加わっている。科学の発想の源はピアノの演奏から得ているそうだ。

原題名

The Promise of Molecular Imprinting(SCIENTIFIC AMERICAN October 2006)

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

分子インプリンティング人工抗体人工酵素ダブルインプリンティングダイレクトモールディング