
エッシャーの作品には「だまし絵」と呼ばれるものが多数あり,それらは表現方法からいくつかのカテゴリーに分けられる。ここでは「不可能性」と「遠近法」に着目して,エッシャーの制作の謎に迫る。
普通,だまし絵というと,「ネッカーキューブ」(見方によって奥行きの違う立方体が見える)や「ルビンの杯」(顔にも杯にも見える)のような錯視図形を思い浮かべるかもしれない。しかし,エッシャーが描く「不可能な構造」はこれらの錯視図形とはまったく別のものだ。ネッカーキューブやルビンの杯は2つの違う見方のいずれか一方しか知覚することができない。ところが,「上から下へ落ちていたはずの滝が,いつの間にか下から上に流れている」という『滝』を見た場合,私たちの脳は,これが現実にはありえない不合理なものと即座に理解する。そう知りつつも,遠近法によって破綻なく描かれた絵に,3次元の現実の風景としての可能性を求めてしまうのだ。エッシャーは,その作品を見る人の目をだまそうとしてるわけではなく,私たちもだまされているわけではない。
エッシャーはどうやって,この現実を超えた不可能な世界──しかしリアリティーにあふれた世界──を描き出すことができたのだろうか。彼の表現方法には何か特別の秘密があったのでは?この謎に迫るため,著者は結晶学的な3つの操作「並進」「回転」「鏡像反転」を組み合わせた「超遠近法」という概念を生み出した。『滝』や『物見の塔』などの作品に対して超遠近法の操作を行うことで,不可能な構造を可能な構造へと転換することができる(デザインの手法としては通常とは逆の方法だ)。残念ながら,エッシャー自身がこうした手法を用いていたという証拠はないが,エッシャーの不可能な世界を解く大きな手がかりになるだろう。
著者
梶川泰司(かじかわ・やすし)
デザイン・サイエンティスト。シナジェティクス研究所所長。1981年に渡米し,バックミンスター・フラーと共同研究を行う。1984年に「サイエンス」(現「日経サイエンス」)に「多面体を折りたたむ」を執筆。これをきっかけに1985年にローマで開催された「第1回M. C. エッシャー国際会議」に出席,トポロジーについての研究を発表する。1988年にシナジェティクス研究所を設立。新たなシナジェティクス理論やテンセグリティーの研究を行っている。
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