日経サイエンス  2006年12月号

特集:エネルギーの未来

排出安定化 15の糸口

実践的計画

R. H. ソコロウ S. W. パカラ(ともにプリンストン大学)

 大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が危険域,つまり産業革命が始まる前の18世紀の水準の2倍に近い値にまで達しなければ,グリーンランドの氷の消滅といった取り返しのつかない気候変動が起こる恐れは減るだろう。

 

 私たちは2通りの「50年後の未来」を対比した。1つは,過去30年間のCO2の排出量増加ペースが今後50年間続いて,2056年に年間CO2排出量が140億トン(炭素換算)に達するという未来だ。ここまで排出量が増えると,その後の100年間,全世界が協力してCO2排出削減に取り組んでも,大気中のCO2濃度が産業革命前の3倍に達することは避けがたい。

 

 もう1つの未来は,炭素換算で年間70億トンという現在のCO2排出量を向こう50年間(2056年まで)保ち,その後の50年間をかけてほぼ半減するというものだ。この道を進めば,CO2濃度が産業革命前の2倍になる事態を避けられる。

 

 2つの未来をわかりやすく示すため,横軸に時間,縦軸に年間CO2排出量を取ったグラフを作ってみよう。最初に紹介した未来は現時点を基点とした右肩上がりの直線を,2つめの未来は水平線を描く。この2つの直線が挟む領域は1つの直角三角形になる。底辺は第2の未来を表す50年間続く水平線,斜辺は第1の未来を表す右肩上がりの直線,高さは2056年時点での2つの未来の年間CO2排出量の差(炭素換算で70億トン)だ。この三角形を私たちは「安定化のトライアングル」と名づけた。

 

 そしてCO2排出削減という課題を目に見える形で示すため,このトライアングルを等面積の三角形7つに分けた。これらの細長い三角形は楔(くさび)の形に似ているので「ウェッジ」と呼ぶ。ウェッジの尖った頂点は現在だ。つまり各ウェッジが示す年間CO2排出量は現時点ではゼロで,50年後の2056年に10億トン(炭素換算)になる。7つのウェッジを合わせれば50年後の総排出量は70億トンになる。

 

 ウェッジとしてカウントするのは,現時点で世界のどこかで実用化されている技術のスケールアップを取り扱った対策に限られる。絵に描いた餅はカウントしない。このような厳しいルールを設けても,世界は種々の方法を組み合わせてウェッジ7個分すべての排出量削減を実現できると私たちは考えている。主な選択肢は15ある。

著者

Robert H. Socolow / Stephen W. Pacala

2人はプリンストン大学が進めている炭素緩和構想(Carbon Mitigation Initiative)のリーダー。この構想は英BPと米フォード・モーターが支援している。ソコロウは機械工学担当の教授で,専門分野は高効率エネルギー利用技術と地球規模でのCO2の排出管理と回収。初の大学レベルでの環境研究報告の1つとして知られる『Patient Earth』(1971年)の編者でもある。2003年には米国物理学会のレオ・シラード・レクチャーシップ賞を受賞した。パカラは生態学担当の教授で,生物圏と大気圏,水圏の間の地球規模での相互作用を調査しており,その中での炭素の循環に注目している。プリンストン大学環境研究所の所長も兼務する。

原題名

A Plan to Keep Carbon in Check(SCIENTIFIC AMERICAN September 2006)

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