日経サイエンス  2006年11月号

チェス名人に隠された才能の秘密

P. E. ロス(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

 その道の達人たちは,たぐいまれな能力をどうやって身につけるのだろうか。持って生まれ才能と集中的なトレーニング,そのどちらがより重要なのだろうか?

 

 心理学者たちはチェスプレイヤーを対象にした研究にその答えを求めてきた。チェスの技能は測定しやすいことから,思考理論の実験素材として古くから使われ,「認知科学のショウジョウバエ」と呼ばれている。100年におよぶ研究の結果,脳が情報を整理し,検索する方法が明らかになってきた。

 

 チェス名人はさまざまなゲームの局面をよく覚えているため,普通の人よりも記憶力がいいと思われがちだ。しかし,チェスのグランドマスターたちは,記憶力の点で一般の人よりもすぐれているわけではなく,盤面の駒の配置を写真のようにそっくり記憶してわけではない。ゲーム中によく現れる配置(定跡)を一括りの「チャンク(塊)」として脳に保存し(長期記憶),必要に応じてワーキングメモリー(作動記憶)として活用しているらしい。

 

 こうした能力は生まれつきのものではなく,訓練によって高めることが可能だ。つねに実力を少し上回るようなトレーニングを重ねていくことが熟練への秘訣だという。また,早い時期からゲームの楽しさや勝利の喜びを経験すれば,モチベーションを高める効果も期待できる。優れた音楽家やスポーツ選手の多くが,子どものころから音楽や運動の訓練を受けていることはその裏づけだろう。この方法はチェスや音楽やスポーツだけでなく,子どもの読み書きや算数の学習にも当てはまるといえそうだ。

原題名

The Expert Mind(SCIENTIFIC AMERICAN August 2006)

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