
クマが川岸に集まって産卵期のサケを捕る光景は,北米でもまれにみる壮観だ。このクマは以前から注目を集めてきた。特に漁業関係者などは1940年代後半,クマによるサケの減少という「経済的損失」を軽減するため,アラスカのクマを広範囲にわたって駆除するよう提案したことがある。実際,クマの生息数を管理しないとアラスカは「財政的,社会的な危機」に陥るだろうという報告も何度か議論を呼んでいる。
幸いなことに常識的な判断により,クマの大量駆除が行われることはなく,クマとサケの関係についての科学的な関心は薄れていった。だが最近になってこの関係はそれだけではないことが明らかになった。この発見によってサケと河川,周辺の森林地帯の相互作用に関する概念が根本的に変化した。当然,それらをどのように管理すべきかという考え方も変わってきた。
私たちはこの問題を10年以上も調査してきた。その間にサケが遡上する川を何百kmも歩き回り,何万トンものサケの死骸を調べ,興奮したクマと数知れず接近遭遇してきた。その結果,私たち自身にも意外な事実が判明した。クマが捨てた食べ残しのサケの死骸は,実は森を豊かにする栄養分となっていたのだ。もちろんクマはわざとそうしているわけではない。だがこの大型の捕食者は,貴重な海洋性の栄養素をサケの体組織という形で川沿いの森林地帯に運び込んでいる。これが最終的には数々の動植物の生命維持に役立っている。海から川,さらに森林地帯へという上流への栄養素の移動はこれまで想定されたことはなく,他には例がない。クマとサケの生活史を詳しく調べれば,この変わった移送システムがどのように機能しているのか,その全貌を理解するのに役立つだろう。
著者
Scott M. Gende / Thomas P. Quinn
2人はともに長らくクマとサケの関係に興味を抱いてきた。ジェンドはアラスカ州ジュノーにある国立公園局の海岸生態学者。サケが水中および陸上の生態系に与える生態学的な影響を主な研究対象としてきた。クインは1990年からシアトルにあるワシントン大学水産科学部の教授。著書にEvolution and Behavior of Pacific Salmon and Trout (University of Washington Press, 2005)がある。
原題名
The Fish and the Forest(SCIENTIFIC AMERICAN August 2006)