日経サイエンス  2006年10月号

幹細胞の暴走がガンを招く

M. F. クラーク(スタンフォード大学) M. W. ベッカー(ロチェスター大学)

 従来は体内に少しでも腫瘍細胞が残っていれば,ガンが再発する危険性があると考えられてきた。そのため現在の治療法はできるだけ多くのガン細胞を殺すことを重視している。だがこの方法が成功するかどうかは非常に行き当たりばったりで,最も一般的な固形ガンが進行した場合,患者の予後は改善できていない。

 

 さらに現在では,慢性骨髄性白血病やいくつかのガンでは,新たなガン組織を作る力を持つ腫瘍細胞はガン組織中のほんの数%しかないことがわかってきた。このことから,これらの特殊な細胞だけを取り除くことができれば,より効果的にガンを根絶できると考えられるようになった。これらの細胞は新たなガン細胞の供給源であると同時に,腫瘍の悪性化の原因でもある可能性が非常に高いため,「ガン幹細胞」と呼ばれている。だがそれだけではない。ガン幹細胞とは文字通り,かつては正常だった幹細胞や,その子孫細胞で未分化な段階にある細胞が悪性化したものだと考えられているのだ。

 

 悪性化した少数の幹細胞がガンの原因であるというアイデアは新しいものではない。幹細胞の研究は1950年代から1960年代にかけての固形腫瘍や血液ガンの研究から本格的に始まったとされる。正常なプロセスが狂うと何が起こるのかを調べることによって,正常な組織の形成と成長にかかわる多くの基本原則が明らかになった。

 

 現在では幹細胞研究がガンの解明に役立っている。これまでの50年間で,正常な幹細胞のふるまいや幹細胞が分裂してできる子孫細胞の分化を制御するメカニズムがかなり詳しくわかってきた。またこれらの新しい発見をもとに,正常組織中の細胞に階層性があるように,腫瘍組織中にもガン細胞の階層性があることがわかった。

 

 これらの事実は,暴走を始めた幹細胞もどきの細胞(ガン幹細胞)が多くのガンの原因だという説を裏付ける強力な証拠となっている。これらのガン幹細胞に的を絞って破壊するには,正常な幹細胞が悪性化する過程を解明する必要がある。

 

 

再録:別冊日経サイエンス213「生命解読2 細胞から個体へ」

著者

Michael F. Clarke / Michael W. Becker

2人はミシガン大学アナーバー校のクラークの研究室でともに研究をしていた。この研究室では2003年に乳ガンの幹細胞が初めて同定された。現在クラークはスタンフォード大学の幹細胞生物学・再生医学研究所の副所長で,ガン生物学と内科学の教授を務める。クラークはガン幹細胞の同定と,これらの細胞が正常な幹細胞と同じように再生するメカニズムの解明を続けている。ベッカーはロチェスター大学医療センターの血液学・腫瘍学部門の内科学助教授。おもに白血病幹細胞の特徴を調べており,臨床では末梢血や骨髄の移植を手がけている。

原題名

Stem Cells: The Real Culprits in Cancer ?(SCIENTIFIC AMERICAN July 2006)

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悪性化形質転換転移ニッチ変異の蓄積