日経サイエンス  2006年8月号

計算尺を知っていますか

C. ストール(科学ライター)

 40年ほど前の技術者は,白いワイシャツに細いネクタイを締め,汚れを防ぐプロテクターをつけたポケットに計算尺を差すスタイルが定番だった(写真)。現在では,ワイシャツとネクタイはパソコンソフトのロゴ入りTシャツに,ポケットプロテクターは携帯電話ホルダーに,計算尺は電卓に姿を変えている。

 

 ここで一度,計算尺を見直してみてもらいたい。30年前にしまった引き出しから引っ張り出してみてほしい。なければ自分で作ってもいい。いかに役立つ道具だったか実感できるだろう。

 

 1970年代までは,計算尺はタイプライターや謄写版(ガリ版)印刷機と同様に広く普及していた。科学者や技術者は計算尺を操ってほんの数秒で乗除算を行い,平方根や立方根を求めることもできた。もう少し操作を加えれば,比率や逆数,サイン,コサイン,タンジェントの値も得られた。

 

 さまざまな用途の目盛りを10数種も備えた計算尺は,一握りの人にしかわからない科学の神秘を象徴する存在でもあった。しかし実際には,使われるのは2つの目盛りがほとんどだった。技術計算は結局,乗除算になるからだ。ピアニストはピアノの全部の鍵盤をくまなく使う。だが,計算尺の全部の目盛りを使うような技術者はめったにいなかった。

 

 計算尺はマホガニーや柘植(つげ)でできたものからおしゃれな象牙やアルミニウム,ガラス製,もちろんプラスチック製まであった。だが,どんなに立派でも実用一点張りでも,対数の原理を用いていることに変わりはなかった。

 

 

再録:別冊日経サイエンス172「数学は楽しい Part2」


著者

Cliff Stoll

科学ライター。インターネット創成期にハッカー集団を一掃したことで知られる。その経過は著書『カッコウはコンピュータに卵を産む』に詳しい。ほかの著書に『コンピュータが子どもたちをダメにする』『インターネットはからっぽの洞窟』がある。アリゾナ大学で惑星科学の博士号を取得。宇宙望遠鏡科学協会,中国の紫山天文台,キットピーク国立天文台,ケック天文台,ハーバード・スミソニアン宇宙物理学センターの勤務を経て,現在はクラインの壺を製作しつつ,8年生に物理を教えている。ストール夫妻はカリフォルニア州オークランドに住み,子供の数は対数で表せば約0.301人,飼い猫は約100.4772匹。この記事を書くにあたり,協力を得たマクラフリン(Regina McLaughlin),オトネス(Bob Otnes),ショーリー(Walter Shawlee)の各氏に感謝の意を表している。

原題名

When Slide Rules Ruled(SCIENTIFIC AMERICAN May 2006)

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