日経サイエンス  2006年8月号

病気を治すDNAコンピューター

E. シャピロ(ワイツマン科学研究所) Y. ベネンソン(ハーバード大学)

 生体分子が持つ計算能力を利用して小さなコンピューターが誕生した。細胞と直接に情報交換でき,病気を“治療”することも可能になりそうだ。

 

 シリコンチップはコンピューターの“一種”にすぎない。多くの人は気づいていないかもしれないが,コンピューターには別の形態もありうる。例えば生物も,ゲノムに蓄えられたデジタル情報の指令のもとに複雑な物理過程を実行している。遺伝情報を“翻訳”してタンパク質を作るリボソームなど,細胞内にある天然の分子機械が情報を処理する仕方は,初期の概念的コンピューターである「チューリングマシン」の処理方法と同じだ。

 

 こうした類似性をヒントに,生体分子を素材に使って新種のコンピューターを作れるだろうという考えが生まれた。そうした“バイオコンピューター”が従来タイプの計算処理に優れているとは限らない。天然の分子機械の処理速度は1秒間に数百回にすぎず,毎秒数十億回ものスイッチング動作をこなす電子素子には遠く及ばない。しかし,生体分子には電子素子などには真似できないユニークな能力がある。生きた細胞と言葉を交わし,情報交換できるという点だ。

 

 私たちはDNAと酵素を使って,チューリングマシンに似たオートマトン(自動機械)を作った。他の生体分子から入力を受け取り,計算を実行し,具体的な結果を出力できる。細胞内に組み込めば,病気を示す信号を周囲の環境から読み取り,あらかじめプログラムとして組み込まれた医学知識に基づいてそれらを処理し,警報信号や治療薬を出力する。いわば“分子ドクター”だ。

 

 生体分子コンピューターが実際に機能することがはっきりと示された。医療にも応用できるだろう。生体分子コンピューターは命を持ったのだ。

著者

Ehud Shapiro / Yaakov Benenson

2人は1999年に分子オートマトンを作製する共同研究を始めた。シャピロはイスラエルのレホボットにあるワイツマン科学研究所でコンピューター科学部門と生物化学部門の教授を務めている(ハリー・ワインレーベ記念教授)。優れたコンピューター科学者・ソフトウエアの先駆者として知られ,初の分子チューリングマシンのモデルを1998年に設計したことで,生物学分野からも注目を集めている。ベネンソンはハイファにあるテクニオン工科大学で修士号を取得し,翌年からシャピロの下に移ってPh. D.を得た。現在はハーバード大学バウアー・ゲノミクス研究センターのフェローで,生きた細胞を検知してそれに作用する新しい分子を開発している。

原題名

Bringing DNA Computers to Life(SCIENTIFIC AMERICAN May 2006)

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

マイクロRNAメッセンジャーRNAリガーゼ制限酵素有限オートマトン遷移規則