日経サイエンス  2006年8月号

耐性菌の出現を抑える新手法

G.スティックス(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

 遺伝子変異の多くは,細胞が分裂するときに生じるエラーが原因だ。変異は細胞を傷つけるため,概して生物は変異をできるだけ少なくする方向に進化してきた。できるだけエラーを起こさずにDNAが複製されるように,細胞は独自の校正・修復機能を備えている。にもかかわらず,時として生物は遺伝子変異を受け入れ,それによって急速な進化を遂げることがある。

 

 1970年代以降,バクテリアが自己防衛の1つの手段として“SOS反応”を利用することが知られるようになった。バクテリアは極度のストレスにさらされると,まずさまざまな手段を用いて損傷を修復しようとする。それでも修復できない場合は,通常は抑制されている特殊な“修復系”を発動させる。この修復ではエラーが多発するので,通常の細胞分裂時に比べて1万倍の頻度で突然変異が生じる。

 

 例えば大腸菌はシプロフロキサシン(略してシプロと呼ばれる)などの抗生物質からの攻撃を受け続けると,SOS反応を起こしてこれに対応する。

 

 SOS反応の結果,ギラーゼというタンパク質に変異が生じる。ギラーゼは大腸菌のDNA複製に不可欠な酵素で,シプロフロキサシンはこれに結合してその働きを妨害し,大腸菌を死滅させる。逆に大腸菌の側からすると,ギラーゼに変異が生じてシプロフロキサシンが結合できなくなれば,耐性を獲得したことになる。

 

 大腸菌が極度のストレスにさらされた時の変異についての論文を読んだロムズバーグは,変異を起こすシステムのスイッチを切れば(つまり進化が過剰に進むのを妨げれば),大腸菌が抗生物質に対する耐性を獲得しにくくなるだろう,という仮説を立てた。昨年6月発行のPloS Biology誌の電子版に掲載された実験で,ロムズバーグは同僚のサーズ(Ryan T. Cirz)とチン(Jodie K. Chin),さらに共同研究を進めるウィスコンシン大学マディソン校の研究者らとともに,LexAというタンパク質が分解されることが,普段は抑制されているSOS反応を起こす引き金になっていることを突き止めた。いったんLexAの分解が起きると,3種類の酵素(DNAポリメラーゼ)がDNAの修復・複製を始めるが,この際に変異が非常に生じやすくなる。こうして薬剤耐性が発達する。

 

 その後,研究チームはLexAが分解されることのない大腸菌株を作成した。この大腸菌を感染させたマウスにシプロフロキサシンを投与し続けても耐性菌は現れなかった。リファンピシンという別の抗生物質を投与した場合でも同様の結果を得た。現在は,大腸菌の中でLexAの分解を阻止すると他の抗生物質に対する耐性の獲得も防ぐことができるかどうかという点と,この手法を使うと他の細菌が抗生物質に対する耐性を獲得するのを阻止できるかどうかという点について確かめている。

原題名

An Antibiotic Resistance Fighter(SCIENTIFIC AMERICAN April 2006)

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