
インドネシア・スマトラ島のスワクバリンビン(以下スワク)という地域で,道具を用いるオランウータンの個体群が発見された。動物園などの飼育環境では,オランウータンが巧みに道具を使う姿はめずらしくないが,野生のオランウータンで道具の使用が観察されたのはこれが初めてだ。
スワクのオランウータンたちが用いる道具は木の枝で,シロアリやハチミツを採ったり,ネーシアという果実の種子を食べるなど,いずれも採食にかかわる行動だ。彼らはなぜ道具を使うようになったのだろうか。この個体群に特有の環境条件があるのだろうか。
スワクや他の地域の個体群の環境と行動を調べたところ,スマトラ島のオランウータンたちの環境には大きな差はなく,にもかかわらず行動に地域差があることがわかった。スワクは大きな川沿いにあり,川の同じ側にある上流地域では同様に道具を使う別の個体群が見つかっている。ところが,川を挟んでスワクの対岸にある地域では道具の使われている形跡はまったく見られなかった。おそらく,道具使用は個体群から個体群へと普及したが,オランウータンが川を越えることができない地域には伝わらなかったのだろう。
著者は道具の使用を文化として捉え,スワクのオランウータンは社会的学習によって,道具の文化を身につけ,伝えているという仮説を立てた。その証拠として,道具を使うスワクの個体群は仲間同士が寛容で,いっしょに行動するという性質がある。一般にオランウータンは孤独を好み,同じ類人猿のチンパンジーに比べると社交的とはいえないが,スワクのオランウータンたちは例外的に群れのメンバーとともに長い時間を過ごす。他の個体が発明した技術を観察によって学ぶには,仲間同士が近接関係にあることは都合がよい。その結果,個体の認知能力は高まり,さらに個体群全体の知能水準が向上するのだろう。
オランウータンの道具の使用から導かれたこの仮説は,ヒトの進化の道筋を理解する手がかりにもなるはずだ。
著者
Carel van Schaik
スイス・チューリヒ大学人類学研究所所長および同博物館館長。オランダに生まれ,ユトレヒト大学で1985年に博士号を取得。プリンストン大学でポスドク研究に従事し,ユトレヒトに短期滞在の後,デューク大学で生物人類学の教授を務め,2004年にヨーロッパに戻る。ここで書かれた内容の詳細は,著書の『Among Orangutans: Red Apes and the Rise of Human Culture』(Harvard University Press, 2004年)を参照されたい。
原題名
Why Are Some Animals So Smart?(SCIENTIFIC AMERICAN April 2006)