日経サイエンス  2006年5月号

高濃縮ウランをテロリストから守れ

A. グレーザー F. N. フォン・ヒッペル(プリンストン大学)

 第二次世界大戦で広島を廃墟にした原子爆弾には,連鎖反応を引き起こす約60kgのウランが含まれていた。この原子爆弾「リトルボーイ」が上空で点火されると,臨界質量未満のウランが,比較的単純な銃身のような構造をした爆弾の片側から他方のウランへと射出されて合体し,ウラン235が超臨界となってTNT火薬15キロトン相当の爆発を起こした。3日後に長崎を破壊した爆弾は,ウランではなくプルトニウムを使用しており,はるかに複雑な点火技術を要した。

 

 その後,一部の国々によって10万発を超える核兵器が製造され,今日まで60年の間に危機一髪の状況が何度かあったものの,広島・長崎級の破壊は起きていない。しかし最近,新たな脅威が浮上した。国家ではなく,アルカイダのようなテロリスト組織が高濃縮ウランをひそかに入手し,初歩的な銃構造の核爆弾を製造して都市を攻撃する恐れが生じたのだ。高濃縮ウランとは,連鎖反応を引き起こすウラン235を重量比で20%以上含むウランのことだ。

 

 銃構造の原爆製造に必要な技術はごく単純で,爆発の成功を確信していた「リトルボーイ」の開発者は,実戦配備前に核実験をしなかったほどだ。このため専門家は,十分な資金のあるテロリスト集団ならば,実用レベルの銃構造式核爆弾を製造できると認めている。それどころか一部の専門家は,テロリスト集団が高濃縮ウラン保管施設に侵入して即席の核爆弾を作り,捕らえられる前にその場で自爆してしまう可能性が十分にある,との懸念を表明している。

 

 テロリスト集団が自ら高濃縮ウランを製造するのは無理だが,盗んだり闇市場で調達したりすることはできる。世界中には約1,800トンもの核物質があふれている。主として冷戦時代に米国と旧ソ連が作り出したものだ。

 

著者

Alexander Glaser / Frank N. von Hippel

2人はともにプリンストン大学で科学と国際安全保障計画に携わっている。グレーザーは研究スタッフで,ドイツのダルムシュタット工科大学で研究炉転換の技術的障害について研究,最近になって物理学博士号を取得した。フォン・ヒッペルは理論核物理学者で,計画の共同責任者を務めており,国際関係学部の教授でもある。1993~94年にかけて米国科学技術政策局で国家安全保障担当の次長を務め,旧ソ連諸国内の核物質保安強化計画を米国側で立ち上げるにあたり協力した。2人とも,最近発足した核分裂物質に関する国際委員会に加わっている。同委員会は高濃縮ウランおよびプルトニウムの使用を廃止することを目的に活動している。

原題名

Thwarting Nuclear Terrorism(SCIENTIFIC AMERICAN February 2006)

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