日経サイエンス  2006年4月号

子育てで賢くなる母の脳

C. H. キンズレー(リッチモンド大学) K. G. ランバート(ランドルフ・メイコン大学)

 女性は生まれつき母親なのではない。母親になるのだ。ラットからサル,ヒトまで,ほとんどすべてのメスの哺乳類は,妊娠し母親になると行動が根本的に変化する。それまでひたすら自己の欲求と生存だけを追求していた生物が,子どもの世話や幸せに重点をおくようになる。

 

 こうした現象は以前から知られていたが,最近になってようやくその原因がわかってきた。最新の研究によると,妊娠や出産,授乳中の劇的なホルモンの変動のために,メスの脳が再構築されるらしい。脳のある領域ではニューロンが大きくなり,別の領域では構造的な変化が起きる。

 

 変化が起きる部位の中には巣作りや子どもの毛づくろいをしたり,捕食者から子どもを守ったりといった母性行動の制御と関係するものもある。だがそれだけでなく,記憶や学習,それに恐怖とストレスへの反応を制御する領域も影響を受ける。最近の実験から,迷路や餌の採取といった課題では,出産を経験していないラットより母親ラットの方が優れていることがわかった。

 

 ホルモンが誘発する脳の変化は,子育てに対するメスの意欲を刺激するだけではない。母親ラットのエサをとる能力が強化されることで,子どもが生き残るチャンスが増える。さらに母親ラットの認知力の向上は一時的なものではなく,老齢期に入るまで持続するようだ。

 

 

再録:別冊日経サイエンス181 こころと脳のサイエンス04号

著者

Craig Howard Kinsley / Kelly G. Lambert

2人は妊娠と出産,子育てが女性の脳に及ぼす影響を10年以上研究してきた。キンズレーはリッチモンド大学心理学科および神経科学センターに所属する神経科学の教授。ランバートはランドルフ・メイコン大学の行動神経科学と心理学の教授で心理学部長。学部生研究事務局の共同理事も務めている。

原題名

The Maternal Brain(SCIENTIFIC AMERICAN January 2006)

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