
19世紀,ドイツの神経科学者で医師,政治活動家でもあったウイルヒョウ(Rudolph Virchow)は,青年時代に2つの大事件に遭遇した。1847年の腸チフスの大流行と1848年の革命の失敗だ(ベルリンで起きた3月革命)。この経験からウイルヒョウは重大な2つの事実に気づかされた。疾病の拡大は劣悪な生活環境と関係があること,そして権力を持つ者は無力な者たちを服従させるあらゆる手段を持っていることだ。そして彼は「医師は本来,貧しき者たちの弁護士のようなものだ」という有名な言葉を残した。
不健康は貧しさと関連して起こるので,医師や医学者は恵まれない者の擁護者なのだ。貧乏だと,栄養が不足した食生活や不健康な生活環境など,病気の原因となる多くの因子が生じてくる。しかし,単に貧しくない人々が健康でいる一方,貧しい人々が不健康になりがちだということではない。収入,職業,教育水準,住環境などを加味した「社会経済的地位(SES;socioeconomic status)」を調べてみると,SESの最も富裕な層から階層が下がっていくにつれ,健康状態も悪化することがはっきりとわかっている。
これを「SES勾配」と呼び,西洋社会ではさまざまな健康問題と関係している。たとえば心臓血管疾患,潰瘍,リウマチ様疾患,精神疾患,多くのガンなどがそうだ。統計的に見ても少なからぬ差がある。ある病気のかかりやすさでいえば,SESの最上層と最下層では10倍も異なり,平均寿命が5年~10年違う国もある。西洋諸国の中でSES勾配が最も急なのは米国だ。ある研究によると,米国で非常に貧しい白人男性は,最も裕福な人々より約10年早く死亡するという。
それでは,SESと健康との相関関係はいったい何に起因しているのだろう?
著者
Robert Sapolsky
スタンフォード大学の生物科学・神経学・神経科学の教授で,ケニア国立博物館研究員。ストレスによって脳がダメージを受ける仕組みの解明や,神経系の遺伝子治療に関する研究を行っている。さらに東アフリカで野生のヒヒ集団を調べ,ヒヒの社会的階級と健康状態の関係を調べている。近著に『Monkeyluv and Other Essays on Our Lives as Animals』(スクリブナー社,2005年)がある。
原題名
Sick of Poverty(SCIENTIFIC AMERICAN December 2005)
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