日経サイエンス  2006年3月号

自己の神経生物学 「私」は脳のどこにいるのか

C. ジンマー(サイエンスライター)

 「自己とは何か」という問いは,長い間,哲学の問題として扱われてきた。しかし最近,状況に変化が生じている。自己とは何かという疑問を,脳の活動を調べることによって解明しようとする神経科学者が増えている。その背景には脳の働きを画像で捉える技術の進歩がある。従来,脳研究の対象は病気や事故で死亡した人の脳だったが,脳機能イメージング技術によって普通の人の日常的な脳活動を記録することが可能になった。

 

 自己の認識には,身体感覚,記憶,社会への適合など,さまざまな側面がある。こうした自己の感覚を脳はどうやってまとめ上げ,統一された自己感(sence of self)を生み出すのだろうか。自己の統合を担っている脳領域は特定できていないが,いくつかの実験から内側前頭前野とよばれる場所が有力候補と考えられている。内側前頭前野は霊長類の中で特にヒトで発達していること,ほかの部位にはない特殊な形のニューロンがあることなども,この領域を自己ネットワークの要とする裏付けになっている。

 

 自己ネットワークはつねに働き続けているが,その半面,壊れやすい。アルツハイマー病など自己感を失ってしまう認知症の例では,自己ネットワークのニューロンが傷ついて機能しなくなっていることが想像できる。この仕組みが解明できれば,認知症の治療にも役立つに違いない。

著者

Carl Zimmer

米コネティカット州を拠点に活躍している科学ジャーナリスト。『海辺で起きた大進化』(早川書房,2000年),『パラサイト・レックス』(光文社,2001年),『「進化」大全』(光文社,2004年)などの著書がある。Soul Made Flesh: The Discovery of the Brainが先ごろペーパーバックで出版された。生物学に関するブログを執筆中(http://www.corante.com/loom/)。

原題名

The Neurobiology of the Self(SCIENTIFIC AMERICAN November 2005)

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