日経サイエンス  2006年3月号

相対論を書き換える流体ブラックホール

T. A. ジェイコブソン(メリーランド大学) R. パレンターニ(パリ南大学)

 ブラックホールが放つ「ホーキング放射」には深い謎がつきまとっている。その解決を目指す理論研究から,意外な可能性が浮上してきた。時空には超微細な“粒”の構造があるかもしれず,その場合には相対性理論に見直しが必要になる。

 

 物理学者のホーキング(Stephen W. Hawking)は1974年,ブラックホールが量子的な熱放射を発していると提唱した。しかし,この考えには問題があった。相対論によると,ブラックホールの「事象の地平」で生まれた光子は,伝わるにつれて波長が無限に引き伸ばされることになる。したがって,ホーキング放射は無限に小さな空間から発生することになり,そこでは量子重力による未知の効果が大きくなってしまう。

 

 この問題を考えるために,ブラックホールと似た振る舞いをする流体系が研究されてきた。流体中での音の伝播と曲がった時空での光の伝播には,非常によく似た点がある。そして流体は,ブラックホールが光に及ぼすのと同様の作用を,音に対して示すことがある。つまり,流体を使ってブラックホールを模擬できる。これが「ブラックホールの流体モデル」と呼ばれるものだ。流体は分子でできているので,波動が無限に引き伸ばされることがなく,ミクロの時空で起こる現象を既知の物理法則に基づいて考察できる。

 

 その結果,ホーキングの結論は正しいと考えられることがわかった。また,一般相対性理論の考え方とは異なり,時空に“分子”のような微細構造があるとの考え方も生まれてきた。アインシュタインの相対性理論は時空を連続したものと考えていたが,この考え方は修正を迫られることになるかもしれない。

著者

Theodore A. Jacobson / Renaud Parentani

量子重力の謎と,それがブラックホールや宇宙論にもたらすと思われる観測可能な効果を研究している。ジェイコブソンはメリーランド大学の物理学の教授。最近はブラックホールの熱力学のほか,時空のミクロな構造が離散的であるか,その微細構造をマクロなスケールで検出できるかどうかについて研究している。パレンターニはパリ南大学オルセー校の物理学の教授で,フランス国立科学研究センター(CNRS)の理論物理学研究所で研究にあたっている。ブラックホールや宇宙論における量子揺らぎの役割を追究している。

原題名

An Echo of Black Holes(SCIENTIFIC AMERICAN December 2005)

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