日経サイエンス  2005年12月号

特集:地球の未来

90億人が住む世界 激変する人口バランス

人口

J.E. コーエン(ロックフェラー大学)

 2005年は,人類の歴史上類を見ない3つの重大な転換期をはらんだ10年間の中間点に当たる。2000年以前には,若年層(60歳未満)の人口はつねに高齢層(60歳以上)の人口を上回っていた。2000年以降,高齢層人口が若年層を超える状態が続くだろう。2007年ころまでは農村部の人口が都市部の人口より多いが,その後は逆転することになる。2003年以降,全世界の平均的女性は生涯に2人以下の子供しか生まなくなっているが,この傾向は今後も続くだろう。

 

 2000年を中間点とする100年間には,これまで経験したことのない3つの重大な変化が起こるだろう。第1は人口の倍増だ。1930年以前に死んだ人は人口が倍に増えるという経験をしてこなかった。また2050年以降に生まれる人も同じだろう。対照的に,現在45歳以上の人は皆,1960年の30億人から2005年の65億人へという,倍以上の人口増加を経験してきた。1965年~1970年には,年間約2.1%という史上最高の人口増加率がみられた。人口がこれほどのスピードで増加したことは20世紀以前には一度もなく,これから先も決してないだろう。私たちの子孫は1960年代後半の人口増加を,人類史上,最も重要な人口動態上の出来事として振り返ることになるだろう。たとえその時代を現に生きていた人間自身が当時そのことを認識していなかったとしてもだ。

 

 第2は,その人口増加率の急激な低下だ。1970年以降,世界の人口増加率が現在の年間1.1~1.2%まで劇的に低下した主な要因は,世界中の何十億ものカップルが子どもの数を制限したためだ。世界人口の増加率はおそらく過去何度も上昇と下降をくり返してきた。例えば14世紀の大疫病と戦争によって人口増加率が低下しただけでなく,世界人口の絶対規模も小さくなったが,伝染病も戦争もどちらも人々が自ら望んだものではなかった。産児制限という人々が選択した理由によって世界人口の伸び率が低下したのは20世紀が初めてだ。

 

 第3には,世界の先進地域と低開発地域の人口バランスのすさまじい変化だ。過去半世紀間にみられ,今後半世紀間にもみられることになるだろう。1950年には,低開発地域の人口は先進地域のほぼ倍だったが,2050年までにこの比率は6倍以上になるだろう。

 

 人々はこうした人口構成や人口動態の急激な変化にほとんど気付いていない。確かにときたま,こうした重大な変化の兆候が政治的注目を惹くことはある。しかし,往々にして米国における社会保障改革案は根本的な人口高齢化を認識していないし,移民政策に関する欧米の論争では欧米地域とそれぞれの南にある近隣諸国との人口増加率の違いを見落としている。

 

 ここでは,今後半世紀に起こる人口変化の主要因になる4つのトレンドと,その長期的な影響に的を絞って紹介する。人口は20世紀に比べ,今後さらに増加し,伸びは鈍化し,より都市に集中し,より高齢化する。むろん,正確な予測はあり得ない。例えば,出生率が予想と違ってくると,総人口に対して想定以上に大きな影響を及ぼす。こうしたただし書きが付くにせよ,人類が今後50年間にわたって直面しなければならない諸問題のいくつかが浮き彫りになってきた。

 

 

再録:別冊日経サイエンス189 「都市の力 古代から未来へ」

著者

Joel E. Cohen

ロックフェラー大学人口研究所の所長・人口学教授,コロンビア大学人口学教授。研究対象は,数学・統計学・演算処理を用いた集団統計学,生態学,疫学。著書・共著書・編著書は12冊,執筆した論文は320を超える。環境面の業績によりタイラー賞,人口科学分の卓越した執筆活動によりノードバーグ賞,シャーガス病に関する研究により全米保健機構のフレッド・L・ソーパー賞を受賞。楽しみは,ピアノを弾くことと,「世界最高の2人の子供」の父親であること。

原題名

Human Population Grows Up(SCIENTIFIC AMERICAN September 2005)

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