日経サイエンス  2005年12月号

特集:地球の未来

小さな農地の大きな可能性

農業と水資源

P.ポラック(インターナショナル・ディベロップメント・エンタープライゼズ)

 2002年に会ったとき,ジンバブエの20代のやせた男性,ムウェテ(Peter Mwete)はマルマリ村落にある彼の小さな野菜畑で雑草を抜いていた。広さ100m2の区画は,野生動物や家畜が入ってこないように,林から切り出した頑丈な杭をワイヤーでつないだ高さ2mのフェンスで囲まれていた。家族を食べさせ,少ない人手で生計を立てるために,ムウェテは細流灌漑(かんがい)システムを設置した。これは,私が1981年に設立したNGOのインターナショナル・ディベロップメント・エンタープライゼズ(IDE)が提供している低コストで灌漑できるシステムで,安さの秘密はエネルギーとして重力を使う点にある。

 

 ムウェテの農地は一段高くなった8つの畝からなり,セイヨウアブラナやキャベツ,トウモロコシが整然と植えられていた。それぞれの畝の真ん中に,簡単に移動できる管があり,木製の台に置かれた40リットルのプラスチック製タンクから水を送っていた。細流灌漑システムは水を直接,根元に運ぶので,バケツで水をまくよりもはるかに無駄がないのだ。

 

 このシステムを使った結果,小さな農地は家族が必要とする以上のトウモロコシや野菜を生産できた。ムウェテは余った作物を売って90ドルは稼げると見込んでいた。ジンバブエの農民にとってはかなりの収入だ。来年は農地を2倍に広げ,葉野菜の一部をトマトやジャガイモなどのより高価な作物に代え,収入を3倍にするつもりだと語ってくれた。

 

 過去30年間,私は開発途上国の何千人もの小規模農家と話をしてきたが,彼らの状況はムウェテと驚くほどよく似ていた。たかだか1000m2の農地でも手間をかけて野菜や果物を栽培すれば年間収入を500ドルも増やすことができるが,それにはより良い栽培法や安価な灌漑システム,作物市場への参入などが必要だ。

 

 彼らの戦いは地球規模での挑戦の一環だ。2050年には,世界中の農民は農業に用いる土地や水の量をあまり増やさずに,現在の世界人口の1.5倍にあたる90億人を食べさせなければならない。ことに水は,農業生産を高め,貧困を減らすカギとして浮上してきた。1kgの穀物を育てるのに約1000リットルもの水が必要とされるからだ。私たちは灌漑のためにもっと貯水量を増やし,水をより効果的に使うようにしなければならない。

 

 これまで,政府や開発機関は大規模なプロジェクトを通じて食糧問題に取り組もうとしてきた。途上国の穀物収穫量の増加を目指したキャンペーン「緑の革命」は有名だ。その一環として導入されたのが,巨大ダムや大規模な灌漑水路,高収量作物を育てる広大な新しい畑だった。しかし,こうした灌漑は多くの地域で土壌の劣化を招いた。ダムは沈殿した泥ですぐにいっぱいになって貯水量を減らし,下流の農民からは肥沃な土壌を奪ってしまった。

 

 さらに,1950年以来,緑の革命によって全世界の農業生産が大幅に拡大したにもかかわらず,貧困はアフリカ,アジア,南米に根強く残っている。大規模な農地の生産性を引き続き高めることは食糧供給の点で重要な役割を果たすだろうが,貧困から人々を救い出すには,安価な個別の灌漑システムを小規模農家に供給するという地域的な努力がよりよい方法となるだろう。

著者

Paul Polak

1981年以来,1200万人の小規模農家を貧困から救い出しているNGOのインターナショナル・ディベロップメント・エンタープライゼズ(IDE)の創設者で会長を務めている。以前は起業家でもあり,1958年にウエスタン・オンタリオ大学でM.D.を取得した精神科の開業医だった。おもな精神疾患を治療する直接介入モデルを開発し,科学論文や本(専門分野の章を担当)の執筆数は80になる。ポラックは精神疾患と貧困とに関連性があると考えており,起業家として成功した後に,コロラド州レイクウッドを本部とするIDEを創始した。

原題名

The Big Potential of Small Farms(SCIENTIFIC AMERICAN September 2005)

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