
20年ほど前,あることを契機に私の研究は思いもかけない,だが結果的には実りの多い転換を果たした。当時私は幼児の記憶を研究しており,2歳半と3歳の子どもを対象に新しい実験をしようとしていた。この実験のために,私は研究室の中に部屋の縮小模型を作った。研究室は少々粗末ではあったがよくある居間のようなつくりで,布張りのソファや肘掛け椅子,戸棚などがあった。この部屋になるべく似せた模型を作ったのだ。家具の形も材質も同じで,カバーなども同じ布を使い,配置も同じにした。
実験では,私たちが「小さなスヌーピー」と呼ぶプラスチックの犬のミニチュアを「小さなスヌーピーの部屋」と呼ぶ模型の部屋に隠すところを子どもに見せる。それから「大きなスヌーピーが,大きな部屋の同じところに隠れているよ」と言って,これを探すように仕向ける。小さな部屋についての記憶を,大きな部屋で人形を探す手がかりにできるかどうかを調べようとしたのだ。
予想通り,3歳児はうまくできた。ミニチュアのソファの後ろに小さな人形があるのを見ると,大きな部屋に入るなり本物のソファの後ろを探した。だが私や親たちの予想に反して,2歳半の子どもではまったくの失敗に終わった。子どもたちは大きな人形を探そうと元気よく部屋に駆け込んでいったものの,小さな模型の部屋でどこに小さな人形があったか覚えていたにもかかわらず,どこを探せばよいのか全く見当がつかないようだった。
2歳半の子どもたちは,模型から知ったことを実際の部屋に当てはめて推測できなかった。つまり,模型と実際の部屋の関係を理解できなかったということだ。その後私は,これは記憶の実験ではなく,実は象徴理解の実験だと気づいた。小さな子どもたちの失敗は,幼児がいつどのように「あるものが他のものを表すことがある」と理解する能力を獲得するのかについて,興味深い事実を示してくれた。
人間が他の生物と最も異なる点は,さまざまな種類の象徴的表現を創造し,それを巧みに扱う能力があることだ。この能力のおかげで人間は情報を後の世代に伝え,文化を創出できる。見たこともない恐竜のことを誰もがよく知っているように,直接の経験がなくても多くのことを学べるのだ。象徴化は人間の行動において根本的な役割を果たしており,象徴的思考の獲得は人類の発達の中でも最も重要なものだと考えられる。
著者
Judy S. DeLoache
バージニア大学ウィリアム・R・ケナン講座の心理学教授。幼児の認知発達,特に象徴的思考の発達について研究している。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校でPh.D.を取得し,1970年代から心理学を教えている。研究に参加してくれた子どもたちとその家族に感謝している。
原題名
Mindful of Symbols(SCIENTIFIC AMERICAN August 2005)