日経サイエンス  2005年10月号

反物質をつくる

G.P. コリンズ(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

 反陽子の周りを陽電子が回る「反水素」を作り出す実験が進んでいる。もし通常の水素と少しでも性質が異なれば大発見だ。従来理論が仮定してきた自然界の対称性が崩れることになる。

 

 粒子と反粒子は互いに逆の電荷を持つことを除けば双子のようにそっくりで,両者が出合うと膨大なエネルギーを放出して消滅する。反粒子は自然界にほとんど存在しないが,最近,比較的低速で運動する反水素原子が初めて作られた。

 

 反物質研究の主目的はいわゆる「CPT対称性」の検証にある。この理論は物質と反物質(粒子と反粒子)が同じ物理法則に従うことを予言している。例えば反水素原子と水素原子の発光・吸収スペクトルは完全に同じになるはずだ。十分な数の反水素原子を作れば,実際にスペクトルを測って比較検討し,理論を検証できるようになる。もしCPT対称性がわずかでも破れていれば重大な発見であり,標準モデルを超える新しい物理学の方向性を示すものになる。

 

 この目標に向けて,ジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究機構(CERN)ではATRAPとATHENAという2つの実験グループが熾烈な研究競争を繰り広げている。ただしこれまでに得られた反水素原子の温度は約2400Kで,CPT対称性の検証実験に必要となる0.5Kよりもはるかに高い。より低温の反水素原子を作り出し,分光実験ができるようにすることが次の大きな課題だ。

原題名

Making Cold Antimatter(SCIENTIFIC AMERICAN June 2005)

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