日経サイエンス  2005年5月号

特集:清潔社会の落とし穴

耐性菌をもう増やすな

詫摩雅子(編集部)

 腸の中,皮膚の上,鼻や口の中──人間の身体には膨大な数の細菌がすみついている。数でいえば,その人を形作っている細胞よりも,細菌の方が1桁多いくらいだ。こうした人体にすみついている菌を「常在菌」と呼ぶ。

 

 細菌というと,病気の原因となる悪者のイメージが強いが,実際には乳酸菌のように腸を整えたり,皮膚を弱酸性に保って,結果的にたちの悪い菌を寄せつけなくするなど,むしろありがたい菌もある。悪名高い黄色ブドウ球菌や腸炎菌も常在菌だが,健康な人の場合には問題はない。良い菌や良くも悪くもない菌が,たちの悪い菌の繁殖を抑えてくれるからだ。

 

 病院の無菌室にでも入らない限り,細菌とのかかわりを避けることはできない。抗菌グッズや抗菌剤入りの薬用石けんなどを使ったとしても,一般家庭ではそれほど意味はない。細菌を無理矢理に抑え込むのではなく,うまく共存していくことを考えた方がいい。

 

 常在菌たちはちょうど陣取り合戦のように互いにしのぎを削りながらも,微妙なバランスを保って共存している。こうしてできあがったミクロの生態系を「細菌叢」と呼ぶ。たとえば,腸の中にヒトにとって好ましい細菌叢ができあがっていれば,食べ物と一緒に少しくらいの細菌が入り込んでも,腸で増殖することができずに排泄される。

 

 こうしたせっかくの細菌叢を脅かすのが,抗生物質の乱用だ。耐性を持たない菌は死滅してしまい,耐性のある菌だけが生き残る。こうなると,ライバルのいなくなった耐性菌は増殖してその場を占領してしまう。

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