日経サイエンス  2005年5月号

記憶を固定する分子メカニズム

R. D. フィールズ(米国立小児健康・発達研究所)

 消滅してもよい記憶と残すべき記憶。脳はそれをどのようにして決定し,どこから指令を出しているのだろうか。短期記憶も長期記憶もニューロン(神経細胞)どうしがシナプスと呼ばれる結合部でつながったときに生まれる。短期記憶ではシナプスが興奮して一時的に強化された状態になるが,長期記憶の場合,シナプスが恒久的に増強される。長期記憶のメカニズムがはたらくには,ニューロンの細胞核内にある遺伝子情報が読み取られ,タンパク質が合成される必要がある。ニューロンの発火後,核に向けて「記憶せよ」という情報が何らかの手段で送られているらしい。

 

 いちばん考えやすいのは,シナプスから核への経路にシグナル伝達分子が介在している可能性だ。著者たちはシナプスの役割を調べるために,ラット脳の海馬でシナプスの機能を阻害する実験をした。その結果,シナプスが興奮しなくてもニューロンに刺激を与えて発火させれば,長期記憶にかかわる遺伝子が活性化されることがわかった。しかし,ニューロンのインパルス(活動電位)によって開く電位感受性カルシウムチャネルを阻害すると,長期記憶に必要なタンパク質が合成できなかった。

 

 この結果から,記憶の固定に不可欠なのはシナプスではなく,ニューロンの発火そのものであることがわかる。個々のシナプスが直接メッセージを核に送るのではなく,活動電位によってニューロンの細胞膜にあるカルシウムチャネルが開き,核へのシグナル伝達経路が活性化して,遺伝子が働くのだろう。(編集部)

著者

R. Douglas Fields

米小児健康・発達研究所の神経系発達・可塑性部門の首席研究員で,メリーランド大学神経科学・認知科学プログラムの准教授。本誌2004年7月号「思考をつかさどる陰の立役者グリア細胞」では思考と学習におけるグリア細胞の意義を紹介した。

原題名

Making Memories Stick(SCIENTIFIC AMERICAN February 2005)

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