
女性がエレベーターに乗ったら,乗り合わせた人たちがくしゃみをしていた。くしゃみとともにどんな病原体がばらまかれているのかと彼女が考える間もなく,体内の免疫システムはすぐに活動を始める。ばらまかれている病原体が以前に彼女がかかったことのあるものの場合,体内の免疫細胞がこれを記憶していて,数時間以内に排除してしまう。「適応免疫システム」と呼ばれる仕組みで,外敵から身体を守るための訓練の行き届いた軍隊にたとえられる。女性は自分が感染したことも気づかないだろう。
しかし,ウイルスや細菌がその女性の一度もお目にかかったことがないものなら,違った種類の免疫応答が助けてくれる。「自然免疫システム」と呼ばれるもので,さまざまな病原体が作り出す特有の分子を認識する。そうした異種分子を感知すると,自然免疫システムは炎症反応を引き起こす。ある種の免疫細胞が侵入者のまわりを取り囲み,それが広がるのを抑える。これらの細胞の活動や分泌される化学物質によって,感染したところが赤くなったりはれたりして,発熱や身体の痛みなどといった風邪のような症状が引き起こされる。
こうした炎症反応の引き金となるのは「Toll様受容体(TLR)」だ。この受容体は自然免疫を引き起こすタンパク質ファミリーの1つで,その起源は古く,系統的に遠く離れたカブトガニからヒトまで生物界に広く見られる。もしToll様受容体がうまく働かないと,すべての免疫システムは崩壊し,身体は感染に対してまったく無防備な状態となる。その一方で,Toll様受容体が強く作用しすぎると,関節炎や全身性エリテマトーデス,心血管障害など,慢性的で深刻な炎症を特徴とする疾患を引き起こしてしまう。
Toll様受容体の発見は,コロンブスが新大陸から帰還したときのような興奮を免疫学者にもたらした。多くの研究者がこの新天地に針路を合わせてスタートしている。ここを調べれば,感染の成立や,過剰な防御反応が引き起こす自己免疫疾患やアレルギーといった,いまだに多くの謎に包まれている免疫の側面をうまく説明できるようになるだろうと期待しているのだ。
Toll様受容体と病原体が遭遇した後に起こるできごとが分子レベルで明らかになりつつあり,どの分子を薬剤の標的にすればよいのかもわかってきた。そうした新薬が開発できれば,身体の防御能を高めたり,ワクチンの作用を強化したり,まだよい治療法が見つからない病気の治療に役立つと期待されている。
著者
Luke A. J. O'Neill
アイルランド科学財団の研究教授でダブリンにあるトリニティカレッジの生化学部長。炎症性サイトカインIL-1の研究により1985年にロンドン大学でPh.D.を取得した。ダブリンの医薬品開発会社オプソナ・セラピューティクスの創業者でもある。
原題名
Immunity's Early-Warning System(SCIENTIFIC AMERICAN January 2005)
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