日経サイエンス  2005年3月号

盗まれた名声 海王星発見秘話

W.シーン(科学史家) N. コラーストーム(ロンドン大学ユニバーシティカレッジ) C. B. ワフ(米空軍研究所)

「この星は星図に載っていない!」

 

学生のダレスト(Heinrich Louis d’Arrest)が叫んだ。1846年9月23日の夜,ベルリン天文台のドームに響いたその声は,以来ずっと天文学界に反響し続けている。

 

ダレストは星図をテーブルに広げ,ベルリン天文台の天文学者ガレ(Johann Gottfried Galle)を手伝っていた。その時ガレが行っていたのは,フランス人理論天文学者ルベリエ(UrbainJean Joseph Le Verrier)による驚くべき予測の検証だ。

 

当時,太陽からもっとも遠い惑星とされていたのは天王星だった。それが計算上の軌道を外れるのは,未知の惑星の重力が原因に違いないと,ルベリエは予測していた。「私が論証してきたように……天王星の観測結果を説明するには,これまで知られることがなかった新たな惑星の動きを組み込むしかありません。さらに注目すべきは,天王星の軌道を乱すこの惑星は,黄道上のただ1点にのみ位置しうるという点です」。ルベリエがガレに宛ててこのような手紙を書いたのは,ほんの5日前のことだった。

 

観測を開始して30分もたたないうちに,ガレはルベリエが示した方角に青い小さな点を見いだした。そして翌晩,改めて観測を行うと,この点はわずかに位置を変えていた。これはこの天体が恒星ではない証拠だ。ガレはすぐにルベリエに返事を書いた。「あなたが予測した惑星は実在しました」。ルベリエはその惑星を海王星と名付けた。

 

このエピソードは理論計算と望遠鏡観測という2つのアプローチで惑星の探索が行われた例としてよく知られていて,天文学の歴史で触れられることも多い。また海王星の発見をめぐる論争も有名だ。その発端となったのは,ガレが惑星の発見を発表した直後に明らかとなった事実だった。若き無名の英国人理論天文学者アダムズ(JohnCouch Adams)が,たった1人で同じ問題に取り組み,ルベリエよりも先に,彼とほぼ同じ結果を導き出していたというのだ。

著者

William Sheehan / Nicholas Kollerstrom / Craig B. Waff

科学史家である3人は,共に,海王星発見にかかわる歴史の再構築に取り組んできた。日中,精神科医として働くシーンは自閉症やアスペルガー症候群に強い関心を持っている。一方では,グッゲンハイムフェローやSky&Telescope誌の寄稿編集者という顔も持ち,火星に関する研究では東亜天文学会賞を受賞。最近では,彼の功績をたたえて,小惑星16037にシーンの名が付けられた。コラーストームはロンドン大学ユニバーシティカレッジのポスドク研究員。天文学史協会の創立者の1人でもある。ワフはライトパターソン空軍基地(オハイオ州デイトン)にある米空軍研究所の科学史家。現在,コラーストームと共に,海王星の予測と発見に関する記事を本にまとめている。

原題名

The Case of the Pilfered Planet(SCIENTIFIC AMERICAN December 2004)

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