日経サイエンス  2005年3月号

脳内マリファナを医療に生かす

R.A. ニコル(カリフォルニア大学サンフランシスコ校) B. E. アルガー(メリーランド大学)

 マリファナはさまざまな歴史を持つドラッグだ。ボーっとする知覚麻痺の感覚を呼び起こしたり,現代の狂気から逃れるリラクゼーションであったりする。つらい吐き気を伴う化学療法後のガン患者にとっては希望になり,慢性の痛みから解放してくれるものでもある。マリファナにはその他の多くの症状をやわらげる効果もあり,その歴史は長く,時代や地域を超えている。

 

 実は,マリファナは誰にとってもなじみ深い物質だ。政治信条や娯楽傾向がどうであれ,人は皆,マリファナのような物質を自ら作り出している。人間の脳では「内因性カンナビノイド」(マリファナの原料となる大麻草の学名Cannabissativaにちなむ)と呼ばれる天然化合物“脳内マリファナ”を合成しているのだ。

 

 近年,内因性カンナビノイドの研究で驚くべき発見があった。この物質を調べたところ,15年前には誰も予想しえなかったまったく新しい脳内シグナル伝達が明らかになってきたのだ。この伝達システムを完全に解明できれば,もっと広範な応用が可能になり,不安,痛み,吐き気,肥満,脳障害など多くの症状を解消する治療に生かせるかもしれない。最終的には,マリファナが持つ不要な副作用がでない治療法を開発できそうだ。

著者

Roger A. Nicoll / Bradley E. Alger

1970年代後半,共同研究を行っていた2人は,一生のテーマとなるシナプス伝達について興味を抱いた。その後,ニコルはカリフォルニア大学サンフランシスコ校に移り,現在は薬理学の教授となった。アルガーはニコルの最初のポスドクで,現在メリーランド大学医学部の生理・精神医学教室の教授だ。ニコルは米国科学アカデミーのメンバーであり,最近,ハインリッヒ・ウィーラント賞を得ている。

原題名

The Brain's Own Marijuana(SCIENTIFIC AMERICAN December 2004)

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