
ここ数年ほどの間に,新しい遺伝子サイレンシング技術が登場した。かつてアンチセンスに寄せられた大きな期待は,これによって実現されるかもしれない。1993年のノーベル生理学・医学賞を受賞したシャープが期待を寄せている,最近続々と発見されているRNA干渉(RNAi)と呼ばれる遺伝子発現抑制機構のことだ。細胞内でこの機構が働くとメッセンジャーRNA(mRNA)の翻訳が妨げられるため,その遺伝子のタンパク質がつくられなくなる。この天然の遺伝子発現抑制は,ウイルスが細胞のタンパク質製造装置を乗っ取ってウイルス自身のタンパク質をつくり出そうとするときなどに始動する。
1998年には重大な発見があった。スタンフォード大学医学部のファイア(Andrew Z. Fire)とマサチューセッツ大学医学部のメロ(CraigC. Mello)が,2本鎖RNAが遺伝子の発現を抑える“オフ”スイッチの役割を果たすことを,線虫を使った実験で示したのだ。さらに2001年には,現在はロックフェラー大学に所属するトゥッシュル(ThomasTuschl)が2本鎖RNAの短縮形である短鎖干渉RNA(siRNA)が,哺乳類の細胞で遺伝子を抑えることを発見した。
過去15年ほど開発が進められてきたアンチセンス薬が1分子で1分子のmRNAを阻害するのに対し,siRNAは触媒のように,同じ分子が何度も何度も繰り返し仕事をする。siRNAが強力な働きをするように見えるのはそのせいもあるのだろう。ボストンにあるCBR生物医学研究所の上席研究員リーバーマン(JudyLieberman)は「siRNAはアンチセンスの100~1000倍の効力をもつ」という。彼女は動物実験によってsiRNAに治療薬としての可能性があることを最初に示した研究者の1人だ。
すでに,約100社がRNA干渉を手がけている。スイスのバーゼルにある市場調査会社ジェイン・ファーマバイオテックの最高経営責任者,ジェイン(KewalK. Jain)によれば,そうした会社のほぼ半数は実験に必要な試薬や技術を供給する会社で,残りはバイオテクノロジー企業や製薬会社でRNA干渉の市場性を見極めようとしているところだ。「このような状況になったのはここ2~3年のこと」と彼はいう。
そのうちの数社は,siRNAを使う治療法の開発に専念してきた。哺乳類の細胞でもsiRNAが働いていることを実証したトゥッシュルの論文が発表されると,ベンチャー企業がすぐさま動き出した。トゥッシュル,シャープそしてMITのバーテル(DavidP. Bartel)ら,RNA干渉技術を築いた先駆者たちは,2002年に共同でアルナイラム・ファーマスーティカルズ社を立ち上げた。バイオテクノロジーの巨大企業バイオジェンの創設者であるシャープは,大企業数社と話し合ったが彼らの興味を引くことができず,結局自分でこの精鋭集団による会社をつくった。
始動したばかりのアルナイラム社は,カギとなる特許をおさえるためにドイツのリボファーマ社も買収した。RNA干渉が巻き起こした旋風は,ベンチャーマネーの流入をもたらした。これまでの調達資金は総額8500万ドルにのぼっている。
原題名
Hitting the Genetic Off Switch(SCIENTIFIC AMERICAN October 2004)
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