日経サイエンス  2004年12月号

特集:アインシュタイン「奇跡の年」から100年

相対論の破れを観測せよ

特殊相対性理論

A.コステレツキー(インディアナ大学)

 特殊相対性理論は物理学の理論の中で最も基本的であるとともに,裏付けの取れた理論だ。しかし,量子力学と重力などの力を統合する理論によると,相対論がわずかに破れている可能性がある。この破れを発見しようと,数多くの実験が進められている。いまのところ確かな証拠は見つかっていないが,もし相対論の破れが確認できれば,万物を説明する「究極理論」の手がかりが得られるはずだ
 観測者が異なっても物理法則が変化しないという「不変性」は,時間と空間(時空)の対称性を意味する。この時空の対称性は1890年代初頭に研究にあたったオランダの理論物理学者ローレンツ(HendrikAntoon Lorentz)にちなんで「ローレンツ対称性」と呼ばれている。時空はローレンツ対称性を持つという考え方が,相対性理論の基盤をなしている。
 しかし,ひも理論などの考え方によると,時空はマクロなスケールではローレンツ対称性を保っているように見えるものの,量子論と重力が統合されるような十分に小さい距離では対称性が破れている可能性がある。また,「CPT対称性」と呼ぶ対称性も,相対論が破れた場合には保たれなくなる可能性がある。
 これらの影響はごく小さいので,検出するには非常に高感度の実験が必要になる。宇宙を数十億光年の彼方から旅してきた光の偏光を調べる方法や,原子時計の進み方を超高精度で比較する方法,物質と反物質のスペクトル特性を比較する方法などがあり,世界中で検出実験が試みられている。
 相対論の破れを証明する決定的証拠はまだ現れていないが,今後数年間で検証範囲が広がり,その精度も大きく改善するだろう。最終的に相対論の破れが発見されれば,私たちの宇宙に対する理解を最も基本的な部分から覆すきっかけになるだろう。

 

 

再録:別冊日経サイエンス186 「実在とは何か?」

著者

Alan Kostelecky

インディアナ大学の理論物理学の教授。執筆論文は多岐にわたり,素粒子物理学から重力理論,ひも理論,数理物理学,原子物理学に及ぶ。ローレンツ対称性やCPT対称性に関する彼の研究は相対論の破れに対する関心を急速に高め,多くの新たな実験が行われるきっかけとなった。

原題名

The Search for Relativity Violations(SCIENTIFIC AMERICAN September 2004)

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