日経サイエンス  2004年12月号

特集:アインシュタイン「奇跡の年」から100年

天才の理論から生まれる未来技術

テクノロジー

W.W. ギブズ(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

 1905年,アインシュタイン(Albert Einstein)は26歳になっており,分子の大きさをテーマとする博士論文の仕上げに取り組む一方,収入を得るために昼間はスイスの特許局に勤務して他人の発明を分析していた。この年,並外れた経歴の中でも特筆すべき5本の論文を発表している。そこで展開された物質とエネルギーと時間に関する革命的な基本概念は,やがて産業を興し,繁栄をもたらす新たな仕組みを生み出した。
 そうした実用化はアインシュタイン自身によるものではないが,それは彼が技術を軽視していたからということではなく,単に得意ではなかったというだけのことだ。アインシュタインは可動部分のない冷蔵庫や無漏洩ポンプなどを発明しているが,いずれも量産化されることはなかった。
 しかし,それは大した問題ではない。光が粒子であり,常に自然界の限界速度cで運動していること。エネルギーと物質は相互に変換可能であり,簡潔な式E=mc2で表される関係にあること。こうしたアインシュタインの革命的な概念を基礎として,20世紀の終わりまでに,実に多様な技術が生じた。
 そして,21世紀,アインシュタインの名高い原理は新たな形で活用され始めている。おそらく最も注目されるのは,コンピューターのまったく新しい設計原理だろう。このほかアインシュタインの比較的知られていない理論についても活用が試みられている。例えばナノテクノロジー分野では,分子のランダムな動きを利用してDNA解析を高速化する装置が実現しようとしている。分子のランダムな動きは,1905年にアインシュタインが初めて正しい説明を与えた現象だ。
 また,有名な「思考実験」の1つを通して1925年にアインシュタインが予想した,物質の奇妙な状態を作るべく,世界中の研究者が挑戦している。レーザー光線の物質版とも言うべき極低温の原子群のコヒーレントな状態は,ポータブル原子時計やナビゲーション用超精密ジャイロスコープ,あるいは鉱脈や油田を探る重力センサーに使われるようになるだろう。
 ここでは,アインシュタイン理論の周辺から,実用の段階に入りつつある興味深い応用技術を3つ紹介する。来るべき数年あるいは数十年の間に,さらなる革新が続出することは間違いない。偉大なる物理学者が宇宙を表す数式を作り上げてから1世紀近い時がたつが,賢明なる革新者にとって,その遺産は汲めども尽きぬ泉のようだ。

原題名

Atomic Spin-offs for the 21st Century(SCIENTIFIC AMERICAN September 2004)

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