
コンピューターを使って人を架空の世界にいざなうバーチャルリアリティー(VR,仮想現実感)技術。これまでエンターテインメント分野を中心に応用が進んできたが,最近,意外な場所でも活躍し始めた。病院だ。
例えば重い火傷を負った患者が治療中にヘッドセットをかぶり,そこに映し出される雪の世界で遊ぶ。頭の動きに合わせて周囲の風景も変わり,ふいに現れるペンギンに雪玉をぶつけると声を上げてひっくり返るなど,臨場感たっぷりだ。そんな世界に没入していると,傷口の洗浄などに伴うひどい痛みもさほど感じないですむ。
筆者のホフマンは医療チームと共同で,医療分野で役立つさまざまなVRプログラムの開発を手がけ,実際に患者に使ってもらってその効果を確認してきた。
VRは身体的な痛みを和らげるだけではなく,精神的な苦痛の緩和にも利用され始めている。高所恐怖症や飛行機恐怖症などの治療だ。VRによって恐怖を呼び起こす状況を再現し,患者は医師の注意深い指示のもとに,それを体験する。状況を次第に本物に近づけていくことで,徐々に恐怖心を克服できる仕組みだ。極度のクモ恐怖症だった女性はバーチャルキッチンの中でクモに近づくVR療法を繰り返すことで劇的に快復し,実際に大きなクモをつかめるまでになった。
テロ攻撃を受けて生き残った人の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療にも,VRは一定の成果を上げている。テロの状況を再現し,それを繰り返し体験することで,不安や恐怖を鎮めていく。実際,PTSDや重いうつなどから快復した例が報告されている。
VR医療が確立するまでにはまだ研究が必要だが,今のところ非常に有望だと筆者らはみている。医療用VRプログラムを開発し,医療機関向けにリースするベンチャー企業も誕生した。VR療法によりモルヒネなどの鎮痛剤を使う量も減り,より速やかに健康を回復し医療費の削減にもつながるという。
著者
Hunter G. Hoffman
ワシントン大学のヒューマンインターフェース技術研究所(HITLab)に併設されたバーチャルリアリティ鎮痛法研究センターの所長。ワシントン大学医学科の放射線医学・心理学部の教員でもある。ワシントン大学で認知心理学領域のPh.D.を取得し,1993年にHITLabに入所した。現在は,身体的および精神的な苦痛を和らげることを目的としたバーチャルリアリティの効果を最大限に引き出すために,コンピューターが作り出すバーチャル世界の質を高める方法を研究している。
原題名
Virtual Reality Therapy(SCIENTIFIC AMERICAN August 2004)
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