日経サイエンス  2004年10月号

短期集中連載:がらくたDNAに注目せよ(最終回)

進化を演出したレトロポゾン

岡田典弘(東京工業大学)

 ヒトゲノムは約30億塩基対のDNAからなる。このサイズは生物界最大というわけではないが,大腸菌ゲノムが約480万塩基対であることを考えると,桁違いに大きい。最初の生物のゲノムサイズが大腸菌と同レベルだとすると,生物は35億年でゲノムサイズを1000倍にしたことになる。

 

 ゲノムサイズを大きくする方法としては,2種類が知られている。1つは「DNAの重複」で,もう1つの機構の担い手が,今回の主役である「レトロポゾン」だ。レトロポゾンの役割については,これまでほとんど重視されてこなかった。しかし,この機構が動き出すと,ゲノムサイズが大きくなるだけでなく,遺伝子を壊したり,遺伝子が新たな機能を獲得したりと,さまざまな影響を及ぼす。

 

 ヒトゲノムではレトロポゾンが非常に多いことが知られており,ヒトに至る進化の過程と何か関係があるのではないかと考えられている。ここでは,最新の研究成果を交えながら,レトロポゾンとその役割について紹介しよう。

 

 ゲノムサイズが大きくなる機構の1つ,DNAレベルの重複は,進化の上で大きな意味をもつことが明らかだ。重複によって同一の遺伝子を2つもつようになれば,一方で本来の機能を保ちつつ,他方に変異を貯め込んで,新しい機能をもった遺伝子を進化させることが可能になるからだ。

 

 35億年の生命史を概観すると,体のシステムをめぐり3回の革新がある。最初は20億年前の真核生物の誕生。次は10億年前の多細胞生物の登場。そして5億年前の脊椎動物の誕生だ。この3つの革新の前に,DNAレベルでの広範な重複が起きていることがわかっている。20億年前には小胞体やミトコンドリア,ゴルジ体など細胞内小器官に関する遺伝子群が登場している。10億年前には細胞と細胞の相互連絡にかかわるシグナル伝達系の遺伝子群が,5億年前には組織ごとに働く遺伝子群が,それぞれの遺伝子重複によって新たにコピー数を増やしている。

 

 ゲノムサイズが大きくなるもう1つのメカニズムであるレトロポゾンは,自らのコピーをつくってはゲノムに挿入していく。このことから,「寄生体のようなDNA断片」とも呼ばれる。

 

 DNAレベルの重複は,進化を考える上で,その役割が明確にわかっている。しかしレトロポゾンの意義については最近まであまり重要視されてこなかった。「寄生体のような」という表現は,何の益にもならないというニュアンスが込められている。本当にそうなのだろうか?

著者

岡田典弘(おかだ・のりひろ)

東京工業大学大学院生命理工学研究科教授,薬学博士。レトロポゾンを中心にゲノムレベルでの進化を研究している。ゲノムの特定の場所でのSINEの有無に着目して,クジラ類が哺乳類の中でカバと最も近縁であることを証明した研究は有名。最近は種分化に関心をもち,アフリカ大地溝帯の湖で大規模な種分化を遂げたシクリッド(魚の一種)に注目している。現地で長年シクリッドの生態を研究してきた京都大学の佐藤哲博士を研究室のメンバーに迎え,遺伝子レベルから生態レベルまでをつなげて種分化を研究しようとしている。

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