
進化は創造性の源泉だ。36億年にわたる突然変異と淘汰によって,生物は驚くほどたくさんの便利な特技をもつようになった。しかし,人間の視点からすると改善の余地が多々ある。
たとえば,ある種の微生物は,火薬で発ガン性もあるトリニトロトルエン(TNT)を食べるのだが,もしそのときにこの微生物が発光したら,地雷が埋められている場所や土壌汚染地域を見つけるのに役立つだろう。ところが残念なことに,こうした能力をもつ生物は淘汰されてしまうようで,自然界には存在しない。
細胞をつくり替えて特定の毒素に出合うと光るようにするのは,遺伝子工学の技術を使えば一見,簡単にできそうだ。しかし,実はこうした「生物装置」をつくるのは決して容易ではない。ある生物の遺伝子を別の生物種に移植することは30年ほど前から行われてきたが,それでも,遺伝子工学はいまだに成熟した工学分野というより人間の手作業にたよる工芸に近い。
マサチューセッツ工科大学(MIT)の生物学者エンディ(Drew Endy)はこう語る。「たとえば,TNTが存在すると色が変わるように,ある植物の性質を変えるとしよう。まず,植物の遺伝経路をいじってみる。運がよければ,1~2年後に,目的とする生物装置ができるだろう。しかし,次に血液の中を泳ぎまわって動脈硬化が進んだ血管壁のプラークを食べてくれる細胞をつくろうとしても,前の経験が生かされるわけではない。小さな生物マイクロレンズをつくろうというときにも以前の成果は役に立たない。基本的に,今していることは,作品を断片的に生み出しているにすぎない」。
エンディは「合成生物学者(synthetic biologist)」を自称する科学者の1人だ。仲間はまだ少ないものの,その数は急速に増えつつある。彼らはこの新しい研究分野によって遺伝子工学の基礎を固めようとしている。合成生物学者が目指しているのは,生きたシステムの設計と構築だ。それらは設計通りのふるまいをし,パーツ交換もできる。また,自然界には存在しない遺伝暗号で働くシステムも目標の1つだ。こうしたシステムならば,自然の生物にはできないこともできるはずだ。
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原題名
Synthetic Life(SCIENTIFIC AMERICAN May 2004)
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