日経サイエンス  2004年4月号

統合失調症 治療薬開発の最前線

D.C. ジャビット(ニューヨーク大学) J. T. コイル(ハーバード大学)

 統合失調症(精神分裂病)は世界人口のほぼ1%が罹患するというよく知られた精神疾患だ。天才肌の芸術家や学者といったイメージに結びつきやすいが,発病した人々の多くはごく普通の生活を送ることができず,仕事に就けるまでに回復する人はごくわずかしかいない。

 

 抗精神病薬は統合失調症の治療にとって不可欠だ。現在使われているのは神経伝達物質ドーパミンに作用する薬(従来型抗精神病薬)と,のちに登場した抗ドーパミンおよび抗セロトニン作用を備えた薬(非定型精神病薬)である。しかし,広く用いられている従来型は統合失調症の3つの症状のうち「陽性症状(妄想,幻覚など)」にしか効き目がなく,「陰性症状(自閉,感情の平板化など)」と「認知症状(思考の論理性を欠き,意味のない言葉を発するなど)」を抑える効果は期待できない。

 

 こうした薬に代わって注目されているのが,グルタミン酸の作用に着目した新薬だ。グルタミン酸も脳内でドーパミンと似たような作用を示す神経伝達物質だが,ドーパミンよりも広い領域で働くことがわかってきた。しかも,グルタミン酸のNMDA受容体にはニューロン間の結合を強化して神経シグナルを増幅させる役割がある。こうした機能が阻害された状態は,統合失調症で生じる認知症状や陰性症状とも結びつく。

 

 米国ではグルタミン酸の受容体をターゲットにした複数の薬がすでに臨床試験の段階に入っている。(編集部)

著者

Daniel C. Javitt / Joseph T. Coyle

2人とも長年にわたり統合失調症を研究している。ジャビットは,ネイサン・クライン精神医学研究所(ニューヨーク州オレンジバーグ)の「認知神経科学・統合失調症プログラム」の責任者で,ニューヨーク大学医学部精神科の教授。グルタミン酸阻害性薬剤PCPが統合失調症の症状を再現することを報告したジャビットの論文は,1990年代の統合失調症関連論文の中で引用回数が2番目に多い。コイルはハーバード大学医学部の精神医学・神経科学科のエベンS.ドレーパー記念教授で,Archivesof General Psychiatry誌の編集長を務める。2人とも受賞歴多数。また統合失調症治療用のNMDA修飾物質の使用に関する特許をそれぞれ保有している。ジャビットは統合失調症治療薬としてグリシンおよびD-セリンを開発中のメジフーズ社とグリテック社の主要な株主。

原題名

Decoding Schizophrenia(SCIENTIFIC AMERICAN January 2004)

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