日経サイエンス  2004年3月号

私たちはなぜ眠るのか

J.M. シーゲル(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)

 「鳥だってするし,ハチだってする……」で始まる往年の米国のミュージシャン,コール・ポーターの『Let’s do it』の冒頭をアレンジすれば「ショウジョウバエもするし人間は必ずする」となるだろう。恋ではない。睡眠の話だ。シェイクスピアの『マクベス』では「心労のもつれを解きほぐしてくれる眠り」,そして「心の痛みの塗り薬,大自然の与えるごちそう,人生の饗宴の最上の一皿」と睡眠を形容している。

 

 セルバンテスの『ドン・キホーテ』では,従者のサンチョ・パンサが,眠りを「飢えをしのいでくれる食料であり,渇きを癒してくれる水であり,寒さを暖めてくれる火であり,暑さを和らげてくれる涼気であり……羊飼いを王様と,また愚者を賢者と等しくしてくれる分銅のようなもの」とほめ称えている。

 

 愚者も賢者も頭を悩ませてきた2つの疑問がある。それは「眠りとは何か」,そして「人間にはなぜ睡眠が必要なのか」という問いだ。第2の問いに対して誰もが考えつく答えは「適度の睡眠は起きているために必要だから」というものだ。しかし,この答えは実は質問に正しく答えていない。食べることは腹が減らないようにするためで,息をするのは息苦しくならないようにするためだと言っているのと同じだ。食べることの真の機能は栄養を補給することであり,呼吸の機能は酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すことだ。

 

 残念ながら睡眠については,こうしたわかりやすい説明はまだない。とはいえ,100年足らずの若い学問分野である睡眠研究でも多くの知見が得られており,人生の1/3を占める睡眠が果たす役割について,いくつか妥当性の高い説を示すことはできるようになっている。

著者

Jerome M. Siegel

カリフォルニア大学ロサンゼルス校メディカルセンターの精神科教授で,脳研究所のメンバー。またセプルベダ退役軍人医療センターの神経生物学研究部の部長。前米国睡眠学会会長で,睡眠準専門学会(APSS)の会長を務めていた。最近の夜の睡眠時間は,娘を午前7時の授業に間に合うように連れていくために6時間程度だ。

原題名

Why We Sleep(SCIENTIFIC AMERICAN November 2003)

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