日経サイエンス  2004年3月号

ふたたび月へ

P.D. スピューディス(ジョンズ・ホプキンズ大学)

 近年,研究者は新たな月探査の必要性を訴えてきた。その声に応えるように,欧州宇宙機関(ESA)と日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が月の周回軌道に探査機を送り込む計画を打ち出し,米航空宇宙局(NASA)も無人宇宙船を月の裏側に着陸させることを検討している。これらの探査計画の成果に基づく研究が進めば,水星や金星,火星,地球といった小惑星帯の内側にある岩石型惑星の歴史が明らかになるかもしれない。

 

 1990年代,クレメンタインとルナプロスペクターの2機の米国の探査機によって,月面の組成や磁気異常分布,重力分布の地図ができた。また,南極付近の氷の存在が確認され,さらに北極でも氷が見つかった。アポロ11号が持ち帰ったようなチタンに富む溶岩は月でもかなり珍しい存在だとわかった。

 

 NASAは2010年の実現をメドに南極-エイトケン盆地でサンプルを採取する計画を提案している。隕石衝突時の痕跡を残した石を採取し,その分析によって盆地ができた時期が明らかになれば,月に隕石や彗星が短期間に降り注いだ隕石重爆撃期があったかどうかの答えも見つかる。それによって,地球や火星といった岩石型惑星がどのようにしてでき,進化してきたのかを知る手がかりを得られるかもしれない。

 

 その後の関心は宇宙飛行士たちが再び月を訪れるのはいつになるのかだろう。NASAはこれまでに打ち上げられた衛星や宇宙輸送システムを使うことで,有人飛行に必要な宇宙船を開発するコストを数十億ドル節約できると説明している。とはいえ,再び月に宇宙飛行士を送り込むには,科学的な理由だけでなく政治的根拠も必要だ。国益なども含めたさまざまな観点から議論する必要がある。

 

 しかし,探査が成功すれば新たな可能性が開けることは間違いない。人類は月の歴史物語の一部を解読することに成功したが,大半はいまだに謎のベールに包まれたままだ。今後の探査によって,地球の隣人といえるこの星がたどってきた歴史は私たちが想像していた以上に複雑で奥深いことが明らかになるだろう。

著者

Paul D. Spudis

ジョンズ・ホプキンズ大学応用物理学研究所の上級研究員。1982年以来,米航空宇宙局(NASA)で,惑星における隕石・彗星衝突や火山活動のプロセスを主に調査する惑星地質調査プロジェクトの主要メンバーを務めている。1994年に実施されたクレメンタイン計画では,米国防総省の科学チームの副リーダーを務めた。

原題名

The New Moon(SCIENTIFIC AMERICAN December 2003)

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