日経サイエンス  2004年3月号

短期集中連載:ゲノムが語る進化の謎(最終回) 

遺伝子はどのように多様な生物を作ったのか

宮田隆(京都大学)

 およそ5億4000万年前,カンブリア紀と先カンブリア時代の境で,生物の全歴史を通じて特筆すべき事件が起きた。このとき,さまざまな動物がいっせいに出現した。これは進化史上最大のイベントの1つで,「カンブリア爆発」と呼ばれている。
 動物界は,体の基本構造(ボディプラン)をもとに「門(もん)」という分類群に分けられている。同じ門ならばボディプランは同じだ。たとえば,脊椎動物門には哺乳類や鳥類,魚類などがあるが,体の基本構造は同じだ。
 カンブリア爆発で特筆すべきことは,進化のタイムスケールからするとごく短い1000万年の間に,現存するほぼすべての動物門がいっせいに出そろったという点だ。逆に,カンブリア爆発以降,新しいボディプランを持った動物は誕生していない。
 動物の体は多数の細胞で構成されている。細胞の1つ1つにDNAがあり,そこには数千から数万個の遺伝子がある。遺伝子にはバクテリアも含めたすべての生物に共通に存在する遺伝子もあれば,動物だけが持つ遺伝子もある。体作りに関係する遺伝子や異なる細胞同士での情報のやりとりに必要な遺伝子などが,動物固有の遺伝子だ。
 では,動物がいっせいに進化したカンブリア爆発のときに,こうした多細胞動物に特有の遺伝子も爆発的に作られたのだろうか?私たちの研究からは「ノー」という答えが出ている。新たな遺伝子の爆発的な誕生はカンブリア爆発に先立って起きていた。カンブリア爆発という形態の爆発的進化をもたらしたのは,新しい遺伝子の誕生ではないようなのだ。そうではなく,すでにある遺伝子をどう使ったか,ということが引き金だったようだ。

著者

宮田隆(みやた・たかし)

京都大学大学院理学研究科教授,理学博士。研究のスタートは生物学ではなく,物理学だった。早稲田大学理工学部で物理学を学び,同大学大学院を修了後,名古屋大学理学部物理学科の助手に着任し,生体高分子の物性を研究。1973年に九州大学理学部生物学科の助教授に就任し,コンピューターを使った遺伝子解析,分子進化の研究を始める。1990年より京都大学教授。

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