
壮大な山々に囲まれたデルフォイのアポロン神殿は,強力な神託を得られる場所であったことから,古代ギリシャ世界では最も重要な聖地とされていた。将軍たちは戦略について神託にうかがいをたて,遠征隊がイタリアやスペイン,アフリカに向かって出帆する前には神託に導きを求めた。市民は健康問題や投資について尋ねた。
デルフォイの神託は神話の世界でもおなじみだ。たとえば,オレステスが父を殺した母親に復讐すべきかどうかと神託に問うと「仇を討て」とお告げが下った。また,オイディプスは「お前は父を殺し,母と結婚するであろう」という神託を受け,そうなるまいと必死の努力をしたが,やはり運命には逆らえなかった。
デルフォイの神託は神殿の中心部にある「立ち入り禁止区域」で行われ,この場所はアディトン(adyton)と呼ばれていた。そこでピュティアと呼ばれる巫女が神懸かり(トランス)状態となり,予言の神アポロンの言葉を語った。
女性を軽んじる古代ギリシャにしては非常にめずらしく,ピュティアは女性だった。また,大部分のギリシャの神官や巫女は高貴な家柄の者が代々受け継ぐ世襲制の仕事だったが,ピュティアはそうではなかった。ピュティアはデルフォイ出身者でなければならなかったが,年齢や財産,教養の有無は関係なく,字が読めなくてもかまわなかった。ピュティアに選ばれた女性は,神殿で永遠の聖火を守る巫女たちに支えられ,長く厳しい訓練を受けた。
伝承では,強力な神託によって予言的霊感を授かるのは,地質学的現象によるものとされていた。地球の裂け目から湧き出る泉とガスが神懸かり状態を作り出すと考えられていたのだ。ところが,1世紀ほど前の発掘調査ではそれらしき裂け目が見つからず,ガスの存在も証明できなかった。こうして,この説明は否定された。
ところが,1980年代に状況は一変した。国連開発計画が過去数百年間にギリシャに地震を引き起こした活断層の調査を始めたのがきっかけだ。著者の一人で,その調査に参加していた地質学者のデ・ボーアは,聖所の東と西に断層面が露出していることに気づいた。デ・ボーアはそれらをパルナッソス山の南斜面に沿って走り神託所の下を通る断層線を示すものと解釈した。
著者
John R. Hale / Jelle Zeilinga deBoer / Jeffrey P. Chanton / Henry A. Spiller
4人はデルフォイの神託を調査するために学際研究チームを結成した。ヘイルはルイビル大学の考古学者で,SCIENTIFICAMERICANには過去に2つの記事を書いている。デ・ボーアはウェスリアン大学の地質学教授。化学者のチャントンはフロリダ州立大学の海洋学講座で教鞭をとっている。毒物学者のスピラーはケンタッキー地域毒物センター所長。
原題名
Questioning the Delphic Oracle(SCIENTIFIC AMERICAN August 2003)
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デルフォイの神託/エチレン/ヒギンズ/プルタルコス/瀝青質石灰岩