日経サイエンス  2003年12月号

特集:脳力増強の科学

心の病を見きわめる

診断技術

S.E. ハイマン(ハーバード大学)

 正確な診断は治療の基本だ。治療を成功させるには,医師はまず何の病気にかかっているのかを判断しなくてはならない。医学のほとんどの分野では,医師は客観的な検査に基づいて診断を下せる。たとえばレントゲンによる骨折の検査や,組織標本の採取によるガン細胞の検査などだ。

 

 だが,いくつかの一般的な重い精神疾患は,いまだに患者からの症状の訴えと行動の観察だけで診断されている。人間の脳は非常に複雑なため,統合失調症(精神分裂病)や自閉症,双極性障害(躁うつ病),うつ病のような疾患を診断する決定的な検査方法がまだ開発されていないのだ。

 

 精神科医は主観的な評価をせざるを得ないため,信頼性が問題になる。同じ患者に対して,すべての医師が同じ診断を下せるようにすることを目指して,米国精神医学会は1980年に,精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)第3版を刊行した。現在のDSMでは,ある脳疾患だという診断を下すには,どんな症状がどのくらいの間続くことが必要となるかが記述されている。

 

 だがこれらの基準は,ほとんどすべて患者の病歴と臨床面接に基づいている。客観的な検査ができなければ,疾患を見逃したり,他の病気の症状と取り違えたりする可能性がある。統合失調症のような精神疾患の場合,症状は同じだが治療法は違う病気が合併したものだったと後になって判明する場合もあるため,問題はさらに複雑だ。

 

 だが最近では,遺伝学,脳画像処理,基礎神経科学の進歩によって,脳疾患の診断方法が変わりつつある。DNAの変異と病気のリスクの関係が明らかになれば,遺伝子配列の小さな違いをもとに,その人が統合失調症や自閉症,あるいはその他のどの病気にかかりやすいのかを判断できる日が来るかもしれない。

 

 また,脳を生きたまま傷つけずに観察する脳画像処理の急速な発達によって,ゆくゆくはある疾患に特有な脳の活動パターンや構造上の特徴を見つけられるようになるだろう。診断が進歩すれば,当然治療の進歩につながる。患者の脳疾患を突き止めれば,それに最も適した治療を指示できる。また早いうちに診断できれば,患者が衰弱する前に病気の進行を遅らせたり止めたりできるだろう。

著者

Steven E. Hyman

幼いころから,人間の脳がどのようにして思考や感情,行動をコントロールしているのかに興味を持っていた。エール大学で哲学,英ケンブリッジ大学で科学哲学を学び,ケンブリッジ大学ではメロン・フェローになっている。ハーバード大学でM.D.を取得後,精神医学で臨床的な,分子神経生物学で科学的な訓練を受けた。ハーバード大学で精神・脳・行動学環が創設されたときには初代の学環長を務めた。1996年から2001年にかけては,精神疾患の理解と治療,予防に必要な知識の研究を担う米国立衛生研究所の米国立精神衛生研究所の所長を務めた。2001年からはハーバード大学の学務担当副学長およびハーバード大学医学部の神経生物学教授を務めている。

原題名

Diagnosing Disorders(SCIENTIFIC AMERICAN September 2003)

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