日経サイエンス  2003年12月号

特製絵ハガキ体験記 脳は見え方を模索する

詫摩雅子(編集部)

 左右の眼の網膜に映った画像のずれから,脳は奥行きや厚みの認識をしている。だが実際にはそれだけでなく,手前の物は大きく,遠くの物は小さく見えることや,陰影の付き方なども距離感や奥行きをつかむ手がかりにしている。これには学習が必要で,たとえば大人では30m以内であれば,遠くにある物体でもその実際のサイズをほぼ正確に見積もれるのに対し,8歳の子どもが正確にサイズを見積もれるのは,せいぜい3m以内の手近な物体に限られるという。

 

 また,生まれつき目の見えない人や幼児期に失明した人が手術によって見えるようになっても,訓練を経ないと物体が立体的に見えてこないことが知られている。逆に,普段私たちは写真やテレビなど,本来はまったくの平面であるはずの画像を見ても,陰影などを手がかりに立体的に解釈し,正面顔でも「この人は鼻が高い」などと認識できる。

 

 

 今回の特製絵ハガキで,面白い体験をしたので紹介しよう。「ルビンの壺」のように2通りの見方ができる図でも,ある瞬間に認識できる図はどちらか一方だけだ。壺が見えているときは顔は認識できず,顔と壺はまるで切り替わるように一方だけが認識でき,両方を同時に見ることはできない。

 

「ルビンの壺」を初めて見たときに,壺が見えるか,顔が見えるかは,人によって異なる。ただ,この図を見る前に,あきらかに顔としか見えない図を何枚も見たあとで「ルビンの壺」を見ると,顔が見える確率が高くなることが知られている。いわば,顔を見るクセがついていると,先に顔が見えやすくなるわけだ。

 

 

 3D原図の1つ,「ペンローズの三角形」は,「ルビンの壺」のような2通りに見える図ではなく,不可能図形と呼ばれている。実際にはありえないはずの,辻褄が合わない絵のことだ。通常,この絵は3本の角材が組み合わさったように見える。

 

 特製絵ハガキの試作品でこの絵を立体視すると,やはり角材のように見えた。ところが,角材のようには見えず,2枚の薄い板が平行に並んでいるように見えると言った人がいた。ちょうど雨樋(あまどい)やU字溝を斜め上から見たように見えるという。

 

 

 

 それを聞いてから,再度,試作品の立体視を試みると,今度は角材ではなく雨樋に見えてしまう。何度かやるうちに角材と雨樋が“切り替わる”ことも体験した。さらには,3D原図であるモノクロ図を見ても,雨樋に見えるようにもなった。平面の図が角材に見えるのも,脳によるいわば解釈の結果だ。雨樋に見る解釈の仕方を脳が知ってしまうと,そう見えてくるのかもしれない。

 

 3Dの立体視がなかなかできないとき,脳はどう解釈すべきか答えを探していることがある。何が見えるのか,答えをあらかじめ知っていると,比較的簡単に見えるようになるのも,おそらくこのせいだろう。