日経サイエンス  2003年9月号

標準モデルを超えて 新しい物理学の夜明け

G.ケイン(ミシガン大学)

 私たちの世界を形作る基本的な要素はいったい何なのか?素粒子物理学の「標準モデル」はそれをうまく説明する理論だ。しかし,この考え方では説明のつかない謎も残る。自然界の本質に肉薄する新たな枠組みを求めて,物理学者たちがエキサイティングな挑戦を始めた。

 

 標準モデルは自然科学史上,最も成功した理論だ。私たちの身の回りの世界は電子とアップクォーク,ダウンクォーク,グルーオン,光子,そしてヒッグス粒子の6種類で説明がつく。さらに11種類の粒子を加えれば,素粒子物理学で研究されている非常に複雑な現象をすべて説明できる。過去30年近くの間に行われたさまざまな実験によって細部まで綿密に検証され,標準モデルの予測がすべて正しいことが確認された。

 

 しかし,高エネルギー領域での反応に関係する新しい粒子を導入して,理論を拡張する必要性が高まりつつある。標準モデルではCP対称性の破れやニュートリノの質量,宇宙の「冷たい暗黒物質(コールド・ダークマタ-)」などに説明がつかないため,超対称性標準モデルなどの拡張版が考えられている。

 

 加速器を利用した大規模な実験が始まり,標準モデルを超えた新粒子の直接的な証拠がもう少しで見つかるところまで来ている。素粒子物理学はここ30年ほど動きが乏しかったが,いまや新発見の時代を迎えようとしている。標準モデルを超える理論によって,いまなお残る多くの謎が解けるだろう。

 

 標準モデルを構成する粒子の1つ,ヒッグス粒子はいまだに観測されていないが,数年以内に米国立フェルミ研究所の衝突型加速器テバトロンで検出される可能性がある。

著者

Gordon Kane

ケインは素粒子物理の理論家で,ミシガン大学アナーバー校のビクター・ワイスコフ教授職を務めている。標準モデルを検証・拡張する方法を探っており,特にヒッグス場の物理と,超対称性の導入による標準モデルの拡張を研究。関連する理論や実験,超対称性が素粒子物理と宇宙論に与える意味を重視している。趣味はスカッシュのほか,思想史の探索,科学が栄えた文化とそうでない文化があるのはなぜかを考えること。

原題名

The Dawn of Physics beyond the Standard Model(SCIENTIFIC AMERICAN June 2003)

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