日経サイエンス  2003年8月号

数字に色を見る人たち 共感覚から脳を探る

V.S. ラマチャンドラン E. M. ハバード(カリフォルニア大学サンディエゴ校)

 手でハンバーグの形をつくっただけで,マシュー・ブレイクスリーの口の中には,はっきりと苦い味が広がる。ピアノでドのシャープの音を弾くとエスメレルダ・ジョーンズ(仮名)には青い色が見える。ほかの音には違う色がついている。彼女にとってピアノの鍵盤は色分けされているも同然なので,譜面を覚えるのも演奏するのも簡単だ。ジェフ・コールマンの場合は,印刷された黒い数字にいろいろな色がついているように見える。5は緑,2は赤というふうに,数字によって色は決まっている。
 この3人は「共感覚」という特殊な感覚を持つ。だが,それ以外は普通の人とまったく同じだ。彼らはあたりまえの世界をあたりまえでない方法で経験する。ファンタジーと現実のはざまにある奇妙な空間に暮らしているかのようだ。彼らの触覚,聴覚,視覚,味覚などの感覚は独立しておらず,ごちゃまぜになっているのだ。
 近代の科学者が初めて共感覚について知ったのは1880年のこと。その年,ダーウィン(Charles Darwin)のいとこのガルトン(FrancisGalton)が,Nature誌にこの現象に関する論文を発表した。しかし,ほとんどの人がインチキだとか,薬による幻覚だとか(LSDやメスカリンで同じ効果が起こる),たまたま珍しいことが起きただけだと相手にしなかった。
 しかし,4年ほど前から,共感覚の原因と考えられる脳のプロセスが明らかにされ始めた。そうした研究の過程で,人間の心の最もミステリアスな側面である抽象的な思考や隠喩,さらに言語がどのように出現したかについて新たな手がかりが得られた。

著者

Vilayanur S. Ramachandran / Edward M. Hubbard

2人は共同で共感覚の研究をしている。ラマチャンドランは,カリフォルニア大学サンディエゴ校の脳認知センター長を務め,ソーク生物学研究所の助教授も兼任している。彼は医師として研修を受け,その後ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジでPh.D. を取得した。オックスフォード大学オールソウルズ・カレッジからはフェローシップを,オランダ王立アカデミーからはアリエンス・カッパーズ・ゴールドメダルを,さらに米国神経学アカデミーからはプレナリー・レクチャー・アワードを受けた。SCIENTIFICAMERICANへの寄稿はこれが4本目。ハバードはカリフォルニア大学サンディエゴ校の心理学・認知科学科の大学院生。精神物理学と機能的核磁気共鳴画像診断法(fMRI)を融合させて,多感覚現象の神経的基盤を調べている。米国共感覚協会の創立会員でもある。

原題名

Hearing Colors, Tasting Shapes(SCIENTIFIC AMERICAN May 2003)

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