
プラナリアという小さな生き物は体をいくつもの断片に切っても,それぞれの断片から完全な体をもったプラナリアが再生されることはよく知られている。イモリの場合は,足を切ってもその先端から再び足が出てくる。しかし,ほ乳類や鳥類になるとそれほどの強い再生能力はない。
しかし最近の研究によると,人間の体の中にも組織幹細胞があり,それからいくつかの特定機能を発揮するように特殊化(分化)した細胞を作り出せることがわかってきた。また,受精卵を使うと,人間の体を構成するどんな臓器や組織,細胞にもなれる胚性幹細胞(ES細胞)も作れるようになった。これらの幹細胞は培養することによっていくらでも増やせるので,増やした後に筋肉や血管,網膜,神経などの細胞に分化させて移植すれば,病気やけがで失われた体の機能を再生・修復する「再生医療」が実現できる。数年後には,こうした幹細胞を利用した再生医療が実用化しているかもしれない。
組織幹細胞やES細胞の研究は,どこまで人の体を再生させ,医療技術として利用できるのか,また将来,細胞だけでなく臓器をまるごと再生させるようなことがどこまで可能なのか――。再生医療の可能性と幹細胞研究の現状・課題を俯瞰した。
著者
中辻憲夫(なかつじ・のりお)
京都大学再生医科学研究所教授,理学博士。現在は再生研所長と幹細胞医学研究センター長を併任。1950年和歌山県生まれ。1972年京都大学理学部卒業,1977年同大学院理学研究科博士課程修了。スウェーデンウメオ大学助手,米国マサチューセッツ工科大学研究員,米国ジョージワシントン大学医学部研究員,英国ロンドン大学客員研究員,明治乳業ヘルスサイエンス研究所主任研究員,同研究室長を経て,1991年国立遺伝学研究所教授,1999年から現職。専門は発生生物学と発生工学,特に哺乳類の生殖細胞とES細胞の発生分化についての研究。